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虞美人草 五 (5)

时间: 2021-03-29    进入日语论坛
核心提示:「もう行ってしまった。惜しい事をした」「何が行ってしまったんだ」「あの女がさ」「あの女とは」「隣りのさ」「隣りの?」「あ
(单词翻译:双击或拖选)
「もう行ってしまった。惜しい事をした」
「何が行ってしまったんだ」
「あの女がさ」
「あの女とは」
「隣りのさ」
「隣りの?」
「あの(こと)の主さ。君が大いに見たがった娘さ。せっかく見せてやろうと思ったのに、下らない茶碗なんかいじくっているもんだから」
「そりゃ惜しい事をした。どれだい」
「どれだか、もう見えるものかね」
「娘も惜しいがこの茶碗は無残(むざん)な事をした。罪は君にある」
「有ってたくさんだ。そんな茶碗は洗ったくらいじゃ(おっ)つかない。壊してしまわなけりゃ直らない厄介物(やっかいぶつ)だ。全体茶人の持ってる道具ほど気に食わないものはない。みんな、ひねくれている。天下の茶器をあつめてことごとく(たた)き壊してやりたい気がする。何ならついでだからもう一つ二つ茶碗を壊して行こうじゃないか」
「ふうん、一個何銭ぐらいかな」
 二人は茶碗の代を払って、停車場(ステーション)へ来る。
 浮かれ人を花に送る京の汽車は嵯峨(さが)より二条(にじょう)に引き返す。引き返さぬは山を貫いて丹波(たんば)へ抜ける。二人は丹波行の切符を買って、亀岡(かめおか)に降りた。保津川(ほづがわ)急湍(きゅうたん)はこの駅より(くだ)(おきて)である。下るべき水は眼の前にまだ(ゆる)く流れて碧油(へきゆう)(おもむき)をなす。岸は開いて、里の子の()土筆(つくし)も生える。舟子(ふなこ)は舟を(なぎさ)に寄せて客を待つ。
「妙な舟だな」と宗近君が云う。底は一枚板の平らかに、(こべり)は尺と水を離れぬ。赤い毛布(けっと)に煙草盆を転がして、二人はよきほどの間隔に座を占める。
「左へ寄っていやはったら、大丈夫どす、波はかかりまへん」と船頭が云う。船頭の(かず)人である。真っ先なるは、二間の竹竿(たけざお)()づく二人は右側に(かい)、左に立つは同じく竿である。
 ぎいぎいと(かい)が鳴る。粗削(あらけず)りに(たいら)げたる(かし)頸筋(くびすじ)を、太い藤蔓(ふじづる)()いて、余る一尺に丸味を持たせたのは、両の手にむんずと握る便りである。握る手の(ふし)(たか)きは、真黒きは、松の小枝に青筋を立てて、うんと()く力の脈を通わせたように見える。藤蔓に頸根(くびね)を抑えられた櫂が、()くごとに(しわ)りでもする事か、(こわ)(うなじ)真直(ますぐ)に立てたまま、藤蔓と()れ、舷と擦れる。櫂は一掻ごとにぎいぎいと鳴る。

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