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虞美人草 五 (8)

时间: 2021-03-29    进入日语论坛
核心提示:「京人形はいいよ。あれは自然に近い。ある意味において第一義だ。困るのは」「困るのは何だい」「大抵困るじゃないか」と甲野さ
(单词翻译:双击或拖选)

「京人形はいいよ。あれは自然に近い。ある意味において第一義だ。困るのは……」
「困るのは何だい」
「大抵困るじゃないか」と甲野さんは打ち()った。
「そう困った日にゃ(ほう)が付かない。御手本が無くなる訳だ」
「瀬を下って愉快だと云うのは御手本があるからさ」
「おれにかい」
「そうさ」
「すると、おれは第一義の人物だね」
「瀬を下ってるうちは、第一義さ」
「下ってしまえば凡人か。おやおや」
「自然が人間を翻訳する前に、人間が自然を翻訳するから、御手本はやっぱり人間にあるのさ。瀬を下って壮快なのは、君の腹にある壮快が第一義に活動して、自然に乗り移るのだよ。それが第一義の翻訳で第一義の解釈だ」
肝胆相照(かんたんあいて)らすと云うのは御互に第一義が活動するからだろう」
「まずそんなものに(ちがい)ない」
「君に肝胆相照らす場合があるかい」
 甲野さんは黙然(もくねん)として、船の底を見詰めた。言うものは知らずと(むか)し老子が説いた事がある。
「ハハハハ僕は保津川(ほづがわ)と肝胆相照らした訳だ。愉快愉快」と宗近君は二たび三たび手を(たた)く。
 乱れ起る岩石を左右にる流は、(いだ)くがごとくそと割れて、半ば(みど)りを透明に含む光琳波(こうりんなみ)が、早蕨(さわらび)に似たる曲線を(えが)いて巌角(いわかど)をゆるりと越す。河はようやく京に近くなった。
「その鼻を廻ると嵐山(らんざん)どす」と長い(さお)(こべり)のうちへ()し込んだ船頭が云う。鳴る(かい)に送られて、深い(ふち)(すべ)るように抜け出すと、左右の岩が(おのずか)ら開いて、舟は大悲閣(だいひかく)(もと)に着いた。
 二人は松と桜と京人形の(むら)がるなかに()い上がる。幕と(つら)なる(そで)の下を()()ぐって、松の間を渡月橋に出た時、宗近君はまた甲野さんの袖をぐいと引いた。
 赤松の二抱(ふたかかえ)(たて)に、大堰(おおい)の波に、花の影の明かなるを誇る、橋の(たもと)葭簀茶屋(よしずぢゃや)に、高島田が休んでいる。昔しの(まげ)を今の世にしばし許せと(かぶ)瓜実顔(うりざねがお)は、花に臨んで風に()えず、俯目(ふしめ)に人を避けて、名物の団子を(なが)めている。薄く染めた綸子(りんず)被布(ひふ)に、正しく膝を組み合せたれば、下に重ねる(きぬ)の色は見えぬ。ただ襟元(えりもと)より燃え出ずる何の模様の半襟かが、すぐ甲野さんの眼に着いた。
「あれだよ」
「あれが?」
「あれが(こと)()いた女だよ。あの黒い羽織は阿爺(おやじ)に違ない」
「そうか」
「あれは京人形じゃない。東京のものだ」
「どうして」
「宿の下女がそう云った」
 瓢箪(ひょうたん)(えい)を飾る三五の癡漢(うつけもの)が、天下の高笑(たかわらい)に、腕を振って(うし)ろから押して来る。甲野さんと宗近さんは、(たい)を斜めにえらがる人を通した。色の世界は今が()(さか)りである。

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