二個の世界は絶えざるがごとく、続かざるがごとく、夢のごとく幻のごとく、二百里の長き車のうちに喰い違った。二百里の長き車は、牛を乗せようか、馬を乗せようか、いかなる人の運命をいかに東の方に搬び去ろうか、さらに無頓着である。世を畏れぬ鉄輪をごとりと転す。あとは驀地に闇を衝く。離れて合うを待ち佗び顔なるを、行いて帰るを快からぬを、旅に馴れて徂徠を意とせざるを、一様に束ねて、ことごとく土偶のごとくに遇待うとする。夜こそ見えね、熾んに黒煙を吐きつつある。
眠る夜を、生けるものは、提灯の火に、皆七条に向って動いて来る。梶棒が下りるとき黒い影が急に明かるくなって、待合に入る。黒い影は暗いなかから続々と現われて出る。場内は生きた黒い影で埋まってしまう。残る京都は定めて静かだろうと思われる。
京の活動を七条の一点にあつめて、あつめたる活動の千と二千の世界を、十把一束に夜明までに、あかるい東京へ推し出そうために、汽車はしきりに煙を吐きつつある。黒い影はなだれ始めた。――一団の塊まりはばらばらに解れて点となる。点は右へと左へと動く。しばらくすると、無敵な音を立てて車輛の戸をはたはたと締めて行く。忽然としてプラットフォームは、在る人を掃いて捨てたようにがらんと広くなる。大きな時計ばかりが窓の中から眼につく。すると口笛が遥かの後ろで鳴った。車はごとりと動く。互の世界がいかなる関係に織り成さるるかを知らぬ気に、闇の中を鼻で行く、甲野さんは、宗近君は、孤堂先生は、可憐なる小夜子は、同じくこの車に乗っている。知らぬ車はごとりごとりと廻転する。知らぬ四人は、四様の世界を喰い違わせながら暗い夜の中に入る。
「だいぶ込み合うな」と甲野さんは室内を見廻わしながら云う。
「うん、京都の人間はこの汽車でみんな博覧会見物に行くんだろう。よっぽど乗ったね」
「そうさ、待合所が黒山のようだった」
「京都は淋しいだろう。今頃は」
「ハハハハ本当に。実に閑静な所だ」
「あんな所にいるものでも動くから不思議だ。あれでもやっぱりいろいろな用事があるんだろうな」
「いくら閑静でも生れるものと死ぬものはあるだろう」と甲野さんは左の膝を右の上へ乗せた。