趣味のないのと見込のないのとは別物である。鍛冶の頭はかんと打ち、相槌はとんと打つ。されども打たるるは同じ剣である。
「いっそ、ここで、判然断わろう」
「断わるって、約束でもあるんですか」
「約束? 約束はありません。けれども阿爺が、あの金時計を一にやると御言いのだよ」
「それが、どうしたんです」
「御前が、あの時計を玩具にして、赤い珠ばかり、いじっていた事があるもんだから……」
「それで」
「それでね――この時計と藤尾とは縁の深い時計だがこれを御前にやろう。しかし今はやらない。卒業したらやる。しかし藤尾が欲しがって繰っ着いて行くかも知れないが、それでも好いかって、冗談半分に皆の前で一におっしゃったんだよ」
「それを今だに謎だと思ってるんですか」
「宗近の阿爺の口占ではどうもそうらしいよ」
「馬鹿らしい」
藤尾は鋭どい一句を長火鉢の角に敲きつけた。反響はすぐ起る。
「馬鹿らしいのさ」
「あの時計は私が貰いますよ」
「まだ御前の部屋にあるかい」
「文庫のなかに、ちゃんとしまってあります」
「そう。そんなに欲しいのかい。だって御前には持てないじゃないか」
「いいから下さい」
鎖の先に燃える柘榴石は、蒔絵の蘆雁を高く置いた手文庫の底から、怪しき光りを放って藤尾を招く。藤尾はすうと立った。朧とも化けぬ浅葱桜が、暮近く消えて行くべき昼の命を、今少時と護る椽に、抜け出した高い姿が、振り向きながら、瘠面の影になった半面を、障子のうちに傾けて
「あの時計は小野さんに上げても好いでしょうね」
と云う。障子のうちの返事は聞えず。――春は母と子に暮れた。