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虞美人草 九 (1)

时间: 2021-04-10    进入日语论坛
核心提示: 真葛(まくず)が原(はら)に女郎花(おみなえし)が咲いた。すらすらと薄(すすき)を抜けて、悔(くい)ある高き身に、秋風を品(ひん)
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 真葛(まくず)(はら)女郎花(おみなえし)が咲いた。すらすらと(すすき)を抜けて、(くい)ある高き身に、秋風を(ひん)よく()けて通す心細さを、秋は時雨(しぐれ)て冬になる。茶に、黒に、ちりちりに降る(しも)に、冬は果てしなく続くなかに、細い命を朝夕(あさゆう)に頼み少なく()なぐ。冬は五年の長きを(いと)わず。淋しき花は寒い夜を抜け出でて、紅緑に(まずしさ)を知らぬ春の天下に(まぎ)れ込んだ。地に空に春風のわたるほどは物みな燃え立って富貴(ふうき)に色づくを、ひそかなる黄を、一本(ひともと)の細き末にいただいて、住むまじき世に肩身狭く(はば)かりの呼吸(いき)を吹くようである。
 今までは(たま)よりも(あざ)やかなる夢を(いだ)いていた。真黒闇(まくらやみ)()えた金剛石にわが眼を授け、わが身を与え、わが心を託して、その他なる右も左りも気に()ける(いとま)もなかった。(ふところ)に抱く珠の光りを()に抜いて、二百里の道を遥々(はるばる)と闇の袋より取り出した時、珠は現実の明海(あかるみ)に幾分か往昔(そのかみ)の輝きを失った。
 小夜子(さよこ)は過去の女である。小夜子の抱けるは過去の夢である。過去の女に抱かれたる過去の夢は、現実と二重の関を隔てて()う瀬はない。たまたまに忍んで来れば犬が()える。(みず)からも、わが()る所ではないか知らんと思う。懐に抱く夢は、抱くまじき罪を、人目を包む風呂敷に(かく)してなおさらに(うたがい)を路上に受くるような気がする。
 過去へ帰ろうか。水のなかに紛れ込んだ一雫(ひとしずく)の油は容易に油壺(あぶらつぼ)の中へ帰る事は出来ない。いやでも応でも水と共に流れねばならぬ。夢を捨てようか。捨てられるものならば明海へ出ぬうちに捨ててしまう。捨てれば夢の方で飛びついて来る。
 自分の世界が二つに割れて、割れた世界が各自(てんで)に働き出すと苦しい矛盾が起る。多くの小説はこの矛盾を得意に(えが)く。小夜子の世界は新橋の停車場(ステーション)へぶつかった時、劈痕(ひび)が入った。あとは割れるばかりである。小説はこれから始まる。これから小説を始める人の生活ほど気の毒なものはない。
 小野さんも同じ事である。打ち()った過去は、夢の(ちり)をむくむくと()き分けて、古ぼけた頭を歴史の芥溜(ごみため)から出す。おやと思う()に、ぬっくと立って歩いて来る。打ち遣った時に、生息(いき)の根を()めて置かなかったのが無念であるが、生息は断わりもなく(むこう)で吹き返したのだから是非もない。立ち枯れの秋草が気紛(きまぐれ)の時節を誤って、暖たかき陽炎(かげろう)のちらつくなかに(よみが)えるのは(なさ)けない。甦ったものを打ち殺すのは詩人の風流に反する。追いつかれれば(いたわ)らねば済まぬ。生れてから済まぬ事はただの一度もした事はない。今後とてもする気はない。済まぬ事をせぬように、また自分にも済むように、小野さんはちょっと未来の(そで)に隠れて見た。(むらさき)の匂は強く、近づいて来る過去の幽霊もこれならばと度胸を()えかける途端(とたん)に小夜子は新橋に着いた。小野さんの世界にも劈痕が入る。作者は小夜子を気の毒に思うごとくに、小野さんをも気の毒に思う。

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