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虞美人草 十 (1)

时间: 2021-04-10    进入日语论坛
核心提示: 謎(なぞ)の女は宗近(むねちか)家へ乗り込んで来る。謎の女のいる所には波が山となり炭団(たどん)が水晶と光る。禅家では柳は緑
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 (なぞ)の女は宗近(むねちか)家へ乗り込んで来る。謎の女のいる所には波が山となり炭団(たどん)が水晶と光る。禅家では柳は緑花は(くれない)と云う。あるいは雀はちゅちゅで(からす)はかあかあとも云う。謎の女は烏をちゅちゅにして、雀をかあかあにせねばやまぬ。謎の女が生れてから、世界が急にごたくさになった。謎の女は近づく人を(なべ)の中へ入れて、方寸(ほうすん)杉箸(すぎばし)()ぜ繰り返す。芋をもって(みず)からおるものでなければ、謎の女に近づいてはならぬ。謎の女は金剛石(ダイヤモンド)のようなものである。いやに光る。そしてその光りの出所(でどころ)が分らぬ。右から見ると左に光る。左から見ると右に光る。雑多な光を雑多な面から反射して得意である。神楽(かぐら)(めん)には二十通りほどある。神楽の面を発明したものは謎の女である。――謎の女は宗近家へ乗り込んでくる。
 真率なる快活なる宗近家の大和尚(だいおしょう)は、かく物騒な女が(あめ)(した)に生を()けて、しきりに鍋の底を()き廻しているとは思いも寄らぬ。唐木(からき)の机に唐刻の法帖(ほうじょう)を乗せて、厚い坐布団の上に、信濃(しなの)の国に立つ煙、立つ煙と、大きな腹の中から(はち)()(うた)っている。謎の女はしだいに近づいてくる。
 悲劇マクベスの妖婆(ようば)(なべ)の中に天下の雑物(ぞうもつ)(さら)い込んだ。石の影に三十日(みそか)の毒を人知れず吹く(よる)(ひき)と、燃ゆる腹を黒き()(かく)(いもり)(きも)と、蛇の(まなこ)蝙蝠(かわほり)の爪と、――鍋はぐらぐらと煮える。妖婆はぐるりぐるりと鍋を廻る。枯れ果てて(とが)れる爪は、世を(のろ)幾代(いくよ)(さび)()せ尽くしたる(くろがね)火箸(ひばし)を握る。煮え立った鍋はどろどろの波を(あわ)と共に起す。――読む人は怖ろしいと云う。
 それは芝居である。謎の女はそんな気味の悪い事はせぬ。住むは都である。時は二十世紀である。乗り込んで来るのは真昼間(まっぴるま)である。鍋の底からは愛嬌(あいきょう)()いて出る。(ただよ)うは笑の波だと云う。()()ぜるのは親切の箸と名づける。鍋そのものからが(ひん)よく出来上っている。謎の女はそろりそろりと攪き淆ぜる。手つきさえ能掛(のうがかり)である。大和尚(だいおしょう)(こわ)がらぬのも無理はない。

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