「そうかと申して生の母でない私が圧制がましく、むやみに差出た口を利きますと、御聞かせ申したくないようなごたごたも起りましょうし……」
「ふん、困るね」
和尚は手提の煙草盆の浅い抽出から欝金木綿の布巾を取り出して、鯨の蔓を鄭重に拭き出した。
「いっそ、私からとくと談じて見ましょうか。あなたが云い悪ければ」
「いろいろ御心配を掛けまして……」
「そうして見るかね」
「どんなものでございましょう。ああ云う神経が妙になっているところへ、そんな事を聞かせましたら」
「なにそりゃ、承知しているから、当人の気に障らないように云うつもりですがね」
「でも、万一私がこなたへ出てわざわざ御願い申したように取られると、それこそ後が大変な騒ぎになりますから……」
「弱るね、そう、疳が高くなってちゃあ」
「まるで腫物へ障るようで……」
「ふうん」と和尚は腕組を始めた。裄が短かいので太い肘が無作法に見える。
謎の女は人を迷宮に導いて、なるほどと云わせる。ふうんと云わせる。灰吹をぽんと云わせる。しまいには腕組をさせる。二十世紀の禁物は疾言と遽色である。なぜかと、ある紳士、ある淑女に尋ねて見たら、紳士も淑女も口を揃えて答えた。――疾言と遽色は、もっとも法律に触れやすいからである。――謎の女の鄭重なのはもっとも法律に触れ悪い。和尚は腕組をしてふうんと云った。
「もし彼人が断然家を出ると云い張りますと――私がそれを見て無論黙っている訳には参りませんが――しかし当人がどうしても聞いてくれないとすると……」
「聟かね。聟となると……」
「いえ、そうなっては大変でございますが――万一の場合も考えて置かないと、いざと云う時に困りますから」
「そりゃ、そう」
「それを考えると、あれが病気でもよくなって、もう少ししっかりしてくれないうちは、藤尾を片づける訳に参りません」