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虞美人草 十四 (21)

时间: 2021-04-20    进入日语论坛
核心提示: 二人の話はここで小野さんの向側(むこうがわ)を通り越した。見送ると並ぶ軒下から頭の影だけが斜(はす)に出て、蕎麦屋の方へ動
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 二人の話はここで小野さんの向側(むこうがわ)を通り越した。見送ると並ぶ軒下から頭の影だけが(はす)に出て、蕎麦屋の方へ動いて行く。しばらく首を()じ向けて、立ち留っていた小野さんは、また歩き出した。
 浅井のように気の毒気の少ないものなら、すぐ片づける事も出来る。宗近(むねちか)のような平気な男なら、苦もなくどうかするだろう。甲野(こうの)ら超然として板挟(いたばさ)みになっているかも知れぬ。しかし自分には出来ない。(むこう)へ行って一歩深く(はま)り、こっちへ来て一歩深く陥る。双方へ気兼をして、片足ずつ双方へ取られてしまう。つまりは人情に(から)んで意思に乏しいからである。利害? 利害の念は人情の土台の上に、(あと)から(かぶ)せた景気の皮である。自分を動かす第一の力はと聞かれれば、すぐ人情だと答える。利害の念は第三にも第四にも、ことによったら全くなくっても、自分はやはり同様の結果に(おちい)るだろうと思う。――小野さんはこう考えて歩いて行く。
 いかに人情でも、こんなに優柔ではいけまい。手を(こまぬ)いて、自然の()すがままにして置いたら、事件はどう発展するか分らない。想像すると(おそろ)しくなる。人情に屈託していればいるほど、怖しい発展を、()のあたりに見るようになるかもしれぬ。是非ここで、どうかせねばならん。しかし、まだ二三日の余裕はある。二三日よく考えた上で決断しても遅くはない。二三日立って()智慧(ちえ)が出なければ、その時こそ仕方がない。浅井を(つらま)えて、孤堂先生への談判を頼んでしまう。実はさっきもその考で、浅井の帰りを勘定に入れて、二三日の猶予をと云った。こんな事は人情に拘泥(こうでい)しない浅井に限る。自分のような情に(あつ)いものはとうてい断わり切れない。――小野さんはこう考えて歩いて行く。
 月はまだ(そら)のなかにいる。流れんとして流るる気色(けしき)も見えぬ。地に落つる光は、()ゆる暇なきを、重たき温気(おんき)に封じ込められて、限りなき大夢を半空に()く。乏しい星は雲を(くぐ)って向側(むこうがわ)へ抜けそうに見える。綿のなかに砲弾を打ち込んだのが(かろ)うじて輝やくようだ。静かに重い宵である。小野さんはこのなかを考えながら歩いて行く。今夜は半鐘も鳴るまい。

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