部屋は南を向く。仏蘭西式の窓は床を去る事五寸にして、すぐ硝子となる。明け放てば日が這入る。温かい風が這入る。日は椅子の足で留まる。風は留まる事を知らぬ故、容赦なく天井まで吹く。窓掛の裏まで渡る。からりとして朗らかな書斎になる。
仏蘭西窓を右に避けて一脚の机を据える。蒲鉾形に引戸を卸せば、上から錠がかかる。明ければ、緑の羅紗を張り詰めた真中を、斜めに低く手元へ削って、背を平らかに、書を開くべき便宜とする。下は左右を銀金具の抽出に畳み卸してその四つ目が床に着く。床は樟の木の寄木に仮漆を掛けて、礼に叶わぬ靴の裏を、ともすれば危からしめんと、てらてらする。
そのほかに洋卓がある。チッペンデールとヌーヴォーを取り合せたような組み方に、思い切った今様を華奢な昔に忍ばして、室の真中を占領している。周囲に並ぶ四脚の椅子は無論同式の構造である。繻子の模様も対とは思うが、日除の白蔽に、卸す腰も、凭れる背も、ただ心安しと気を楽に落ちつけるばかりで、目の保養にはならぬ。
書棚は壁に片寄せて、間の高さを九尺列ねて戸口まで続く。組めば重ね、離せば一段の棚を喜んで、亡き父が西洋から取り寄せたものである。いっぱいに並べた書物が紺に、黄に、いろいろに、ゆかしき光を闘わすなかに花文字の、角文字の金は、縦にも横にも奇麗である。
小野さんは欽吾の書斎を見るたびに羨しいと思わぬ事はない。欽吾も無論嫌ってはおらぬ。もとは父の居間であった。仕切りの戸を一つ明けると直応接間へ抜ける。残る一つを出ると内廊下から日本座敷へ続く。洋風の二間は、父が手狭な住居を、二十世紀に取り拡げた便利の結果である。趣味に叶うと云わんよりは、むしろ実用に逼られて、時好の程度に己れを委却した建築である。さほどに嬉しい部屋ではない。けれども小野さんは非常に羨ましがっている。