「何が何だか分りゃしない。まるで八幡の藪不知へ這入ったようなものだ」
「本当に――要領を得ないにも困り切る」
父さんは額に皺を寄せて上眼を使いながら、頭を撫で廻す。
「元来そりゃいつの事です」
「この間だ。今日で一週間にもなるかな」
「ハハハハ私の及第報告は二三日後れただけだが、父さんのは一週間だ。親だけあって、私より倍以上気楽ですぜ」
「ハハハだが要領を得ないからね」
「要領はたしかに得ませんね。早速要領を得るようにして来ます」
「どうして」
「まず甲野に妻帯の件を説諭して、坊主にならないようにしてしまって、それから藤尾さんをくれるかくれないか判然談判して来るつもりです」
「御前一人でやる気かね」
「ええ、一人でたくさんです。卒業してから何にもしないから、せめてこんな事でもしなくっちゃ退屈でいけない」
「うん、自分の事を自分で片づけるのは結構な事だ。一つやって見るが好い」
「それでね。もし甲野が妻を貰うと云ったら糸をやるつもりですが好いでしょうね」
「それは好い。構わない」
「一先本人の意志を聞いて見て……」
「聞かんでも好かろう」
「だって、そりゃ聞かなくっちゃいけませんよ。ほかの事とは違うから」
「そんなら聞いて見るが好い。ここへ呼ぼうか」
「ハハハハ親と兄の前で詰問しちゃなおいけない。これから私が聞いて見ます。で当人が好いと云ったら、そのつもりで甲野に話しますからね」
「うん、よかろう」
宗近君はずんど切の洋袴を二本ぬっと立てた。仏見笑と二人静と蜆子和尚と活きた布袋の置物を残して廊下つづきを中二階へ上る。
とんとんと二段踏むと妹の御太鼓が奇麗に見える。三段目に水色の絹が、横に傾いて、ふっくらした片頬が入口の方に向いた。
「今日は勉強だね。珍らしい。何だい」といきなり机の横へ坐り込む。糸子ははたりと本を伏せた。伏せた上へ肉のついた丸い手を置く。