挪威的森林(中日对照)
内容简介:
汉堡机场一曲忧郁的《挪威的森林》,复苏了主人公渡边伤感的二十岁记忆:娴静腼腆、多愁善感的直子,是他动情倾心的女孩,那缠绵的病况、如水的柔情,甚至在她花蚀香销之后,仍令他无时忘怀;神采飞扬、野性未脱的绿子,是他邂逅相遇的情人,那迷人的活力、大胆的表白,即使是他山盟已订时,也觉得她难以抗拒。悲欢恋情、如激弦,如幽曲,掩卷犹余音颤袅;奇句妙语,如泉涌,如露凝,读来真口角噙香。纯而又纯的青春情感,百分百的恋爱小说。
第一章
僕は三十七歳で、そのときボーイング747のシートに座っていた。その巨大な飛行機はぶ厚い雨雲をくぐり抜けて降下し、ハンブルク空港に着陸しようとしているところだった。十一月の冷ややかな雨が大地を暗く染め、雨合羽を着た整備工たちや、のっぺりとした空港ビルの上に立った旗や、BMWの広告板やそんな何もかもをフランドル派の陰うつな絵の背景のように見せていた。やれやれ、またドイツか、と僕は思った。
飛行機が着地を完了すると禁煙のサインが消え、天井のスピーカーから小さな音でBGMが流れはじめた。それはどこかのオーケストラが甘く演奏するビートルズの 「ノルウェイの森」だった。そしてそのメロディーはいつものように僕を混乱させた。いや、いつもとは比べものにならないくらい激しく僕を混乱させ揺り動かした。
僕は頭がはりさけてしまわないように身をかがめて両手で顔を覆い、そのままじっとしていた。やがてドイツ人のスチュワーデスがやってきて、気分がわるいのかと英語で訊いた。大丈夫、少し目まいがしただけだと僕は答えた。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫です、ありがとう」と僕は言った。スチュワーデスはにっこりと笑って行ってしまい、音楽はビリー?ジョエルの曲に変った。僕は顔を上げて北海の上空に浮かんだ暗い雲を眺め、自分がこれまでの人生の過程で失ってきた多くのもののことを考えた。失われた時間、死にあるいは去っていった人々、もう戻ることのない想い。
飛行機が完全にストップして、人々がシートベルトを外し、物入れの中からバッグやら上着やらをとりだし始めるまで、僕はずっとあの草原の中にいた。僕は草の匂いをかぎ、肌に風を感じ、鳥の声を聴いた。それは一九六九年の秋で、僕はもうすぐ二十歳になろうとしていた。
前と同じスチュワーデスがやってきて、僕の隣りに腰を下ろし、もう大丈夫かと訊ねた。
「大丈夫です、ありがとう。ちょっと哀しくなっただけだから(It‘s all right now. Thank you. I only felt lonely, you know.)」と僕は言って微笑んだ。
「Well, I feel same way, same thing, once in a while. I know what you mean.(そういうこと私にもときどきありますよ。よくわかります)」彼女はそう言って首を振り、席から立ちあがってとても素敵な笑顔を僕に向けてくれた。「I hope you‘ll have a nice trip. Auf Wiedersehen!(よい御旅行を。さようなら)」
「Auf Wiedersehen!」と僕も言った。
十八年という歳月が過ぎ去ってしまった今でも、僕はあの草原の風景をはっきりと思いだすことができる。何日かつづいたやわらかな雨に夏のあいだのほこりをすっかり洗い流された山肌は深く鮮かな青みをたたえ、十月の風はすすきの穂をあちこちで揺らせ、細長い雲が凍りつくような青い天頂にぴたりとはりついていた。空は高く、じっと見ていると目が痛くなるほどだった。風は草原をわたり、彼女の髪をかすかに揺らせて雑木林に抜けていった。梢の葉がさらさらと音を立て、遠くの方で犬の鳴く声が聞こえた。まるで別の世界の入口から聞こえてくるような小さくかすんだ鳴き声だった。その他にはどんな物音もなかった。どんな物音も我々の耳には届かなかった。誰一人ともすれ違わなかった。まっ赤な鳥が二羽草原の中から何かに怯えたようにとびあがって雑木林の方に飛んでいくのを見かけただけだった。歩きながら直子は僕に井戸の話をしてくれた。
記憶というのはなんだか不思議なものだ。その中に実際に身を置いていたとき、僕はそんな風景に殆んど注意なんて払わなかった。とくに印象的な風景だとも思わなかったし、十八年後もその風展を細部まで覚えているかもしれないとは考えつきもしなかった。正直なところ、そのときの僕には風景なんてどうでもいいようなものだったのだ。僕は僕自身のことを考え、そのときとなりを並んで歩いていた一人の美しい女のことを考え、僕と彼女とのことを考え、そしてまた僕自身のことを考えた。それは何を見ても何を感じても何を考えても、結局すべてはブーメランのように自分自身の手もとに戻ってくるという年代だったのだ。おまけに僕は恋をしていて、その恋はひどくややこしい場所に僕を運びこんでいた。まわりの風景に気持を向ける余裕なんてどこにもなかったのだ。
でも今では僕の脳裏に最初に浮かぶのはその草原の風景だ。草の匂い、かすかな冷やかさを含んだ風、山の稜線、犬の鳴く声、そんなものがまず最初に浮かびあがってくる。とてもくっきりと。それらはあまりにくっきりとしているので、手をのばせばひとつひとつ指でなぞれそうな気がするくらいだ。しかしその風景の中には人の姿は見えない。誰もいない。直子もいないし、僕もいない。我々はいったいどこに消えてしまったんだろう、と僕は思う。どうしてこんなことが起りうるんだろう、と。あれほど大事そうに見えたものは、彼女やそのときの僕や僕の世界は、みんなどこに行ってしまったんだろう、と。そう、僕には直子の顔を今すぐ思いだすことさえできないのだ。僕が手にしているのは人影のない背泉だけなのだ。
もちろん時間さえかければ僕は彼女の顔を思いだすことができる。小さな冷たい手や、さらりとした手ざわりのまっすぐなきれいな髪や、やわらかな丸い形の耳たぶやそのすぐ下にある小さなホクロや、冬になるとよく着ていた上品なキャメルのコートや、いつも相手の目をじっとのぞきこみながら質問する癖や、ときどき何かの加減で震え気味になる声(まるで強風の吹く丘の上でしゃべっているみたいだった)や、そんなイメージをひとつひとつ積みかさねていくと、ふっと自然に彼女の顔が浮かびあがってくる。まず横顔が浮かびあがってくる。これはたぶん僕と直子がいつも並んで歩いていたせいだろう。だから僕が最初に思いだすのはいつも彼女の横顔なのだ。それから彼女は僕の方を向き、にっこりと笑い、少し首をかしげ、話しかけ、僕の目をのぞきこむ。まるで澄んだ泉の底をちらりとよぎる小さな魚の影を探し求めるみたいに。
でもそんな風に僕の頭の中に直子の顔が浮かんでくるまでには少し時間がかかる。そして年月がたつにつれてそれに要する時間はだんだん長くなってくる。哀しいことではあるけれど、それは真実なのだ。最初は五秒あれば思いだせたのに、それが十秒になり三十秒になり一分になる。まるで夕暮の影のようにそれはどんどん長くなる。そしておそらくやがては夕闇の中に吸いこまれてしまうことになるのだろう。そう、僕の記憶は直子の立っていた場所から確実に遠ざかりつつあるのだ。ちょうど僕がかつての僕自身が立っていた場所から確実に遠ざかりつつあるように。そして風泉だけが、その十月の草原の風景だけが、まるで映画の中の象徴的なシーンみたいにくりかえしくりかえし僕の頭の中に浮かんでくる。そしてその風景は僕の頭のある部分を執拗に蹴りつづけている。おい、起きろ、俺はまだここにいるんだぞ、起きろ、起きて理解しろ、どうして俺がまだここにいるのかというその理由を。痛みはない。痛みはまったくない。蹴とばすたびにうつろな音がするだけだ。そしてその音さえもたぷんいつかは消えてしまうのだろう。他の何もかもが結局は消えてしまったように。しかしハンブルク空港のルフトハンザ機の中で、彼らはいつもより長くいつもより強く僕の頭を蹴りつづけていた。起きろ、理解しろ、と。だからこそ僕はこの文章を書いている。僕は何ごとによらず文章にして書いてみないことには物事をうまく理解できないというタイプの人間なのだ。
彼女はそのとき何の話をしていたんだっけ?
そうだ、彼女は僕に野井戸の話をしていたのだ。そんな井戸が本当に存在したのかどうか、僕にはわからない。あるいはそれは彼女の中にしか存在しないイメージなり記号であったのかもしれない――あの暗い日々に彼女がその頭の中で紡ぎだした他の数多くの事物と同じように。でも直子がその井戸の話をしてくれたあとでは、僕ほその井戸の姿なしには草原の風景を思いだすことができなくなってしまった。実際に目にしたわけではない井戸の姿が、供の頭の中では分離することのできない一部として風景の中にしっかりと焼きつけられているのだ。僕はその井戸の様子を細かく描写することだってできる。井戸は草原が終って雑木林が始まるそのちょうど境い目あたりにある。大地にぽっかりと開いた直径一メートルばかりの暗い穴を草が巧妙に覆い隠している。まわりには柵もないし、少し高くなった石囲いもない。ただその穴が口を開けているだけである。縁石は風雨にさらされて奇妙な白濁色に変色し、ところどころでひび割れて崩れおちている。小さな緑色のトカゲがそんな石のすきまにするするともぐりこむのが見える。身をのりだしてその穴の中をのぞきこんでみても何も見えない。僕に唯一わかるのはそれがとにかくおそろしく深いということだけだ。見当もつかないくらい深いのだ。そして穴の中には暗黒が――世の中のあらゆる種類の暗黒を煮つめたような濃密な暗黒が――つまっている。
「それは本当に――本当に深いのよ」と直子は丁寧に言葉を選びながら言った。彼女はときどきそんな話し方をした。正確な言葉を探し求めながらとてもゆっくりと話すのだ。「本当に深いの。でもそれが何処にあるかは誰にもわからないの。このへんの何処かにあることは確かなんだけれど」
彼女はそう言うとツイードの上着のポケットに両手をつっこんだまま僕の顔を見て本当よという風ににっこりと微笑んだ。
「でもそれじゃ危くってしようがないだろう」と僕は言った。「どこかに深い井戸がある、でもそれが何処にあるかは誰も知らないなんてね。落っこっちゃったらどうしようもないじゃない か」
「どうしようもないでしょうね。ひゅうううう、ボン、それでおしまいだもの」
「そういうのは実際には起こらないの?」
「ときどき起こるの。二年か三年に一度くらいかな。人が急にいなくなっちゃって、どれだけ捜してもみつからないの。そうするとこのへんの人は言うの、あれは野井戸に落っこちたんだって」
「あまり良い死に方じゃなさそうだね」と僕は言った。
「ひどい死に方よ」と彼女は言って、上着についた草の穂を手う払って落とした。「そのまま首の骨でも折ってあっさり死んじゃえばいいけれど、何かの加減で足をくじくくらいですんじゃったらどうしようもないわね。声を限りに叫んでみても誰にも聞こえないし、誰かがみつけてくれる見込みもないし、まわりにはムカデやクモやらがうようよいるし、そこで死んでいった人たちの白骨があたり一面にちらばっているし、暗くてじめじめしていて。そして上の方には光の円がまるで冬の月みたいに小さく小さく浮かんでいるの。そんなところで一人ぼっちでじわじわと死んでいくの」
「考えただけで身の毛がよだつた」と僕が言った。「誰かが見つけて囲いを作るべきだよ」
「でも誰にもその井戸を見つけることはできないの。だからちゃんとした道を離れちゃ駄目よ」
「離れないよ」
直子はポケットから左手を出して僕の手を握った。「でも大丈夫よ、あなたは。あなたは何も心配することはないの。あなたは暗闇に盲滅法にこのへんを歩きまわったって絶対に井戸には落ちないの。そしてこうしてあなたにくっついている限り、私も井戸には落ちないの」
「絶対に?」
「絶対に」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「私にはわかるのよ。ただわかるの」直子は僕の手をしっかりと握ったままそう言った。そしてしばらく黙って歩きつづけた。「その手のことって私にはすごくよくわかるの。理屈とかそんなのじゃなくて、ただ感じるのね。たとえば今こうしてあなたにしっかりとくっついているとね、私ちっとも怖くないの。どんな悪いものも暗いものも私を誘おうとはしないのよ」
「じゃあ話は簡単だ。ずっとこうしてりゃいいんじゃないか」と僕は言った。
「それ――本気で言ってるの?」
「もちろん本気だ」
直子は立ちどまった。僕も立ちどまった。彼女は両手を僕の肩にあてて正面から、僕の目をじっとのぞきこんだ。彼女の瞳の奥の方ではまっ黒な重い液体が不思議な図形の渦を描いていた。そんな一対の美しい瞳が長いあいだ僕の中をのぞきこんでいた。それから彼女は背のびをして僕の頬にそっと頬をつけた。それは一瞬胸がつまってしまうくらいあたたかくて素敵な仕草だった。
「ありがとう」と直子は言った。
「どういたしまして」と僕は言った。
「あなたがそう言ってくれて私とても嬉しいの。本当よ」と彼女は哀しそうに微笑しながら言った。「でもそれはできないのよ」
「どうして?」
「それはいけないことだからよ。それはひどいことだからよ。それは――」と言いかけて直子はふと口をつぐみ、そのまま歩きつづけた。いろんな思いが彼女の頭の中でぐるぐるとまわっていることがわかっていたので、僕も口をはさまずにそのとなりを黙って歩いた。
「それは――正しくないことだからよ、あなたにとっても私にとっても」とずいぶんあとで彼女はそうつづけた。
「どんな風に正しくないんだろう?」と僕は静かな声で訊ねてみた。
「だって誰かが誰かをずっと永遠に守りつづけるなんて、そんなこと不可能だからよ。ねえ、もしよ、もし私があなたと結婚したとするわよね。あなたは会社につとめるわね。するとあなたが会社に行ってるあいだいったい誰が私を守ってくれるの?あなたが出張に行っているあいだいったい誰が私を守ってくれるの?私は死ぬまであなたにくっついてまわってるの? ねえ、そんなの対等じゃないじゃない。そんなの人間関係とも呼べないでしょう? そしてあなたはいつか私にうんざりするのよ。俺の人生っていったい何だったんだ?この女のおもりをするだけのことなのかって。私そんなの嫌よ。それでは私の抱えている問題は解決したことにはならないのよ」
「これが一生つづくわけじゃないんだ」と僕は彼女の背中に手をあてて、言った。「いつか終る。終ったところで僕らはもう一度考えなおせばいい。これからどうしようかってね。そのときはあるいは君の方が僕を助けてくれるかもしれない。僕らは収支決算表を睨んで生きているわけじゃない。もし君が僕を今必要としているなら僕を使えばいいんだ。そうだろ?どうしてそんなに固く物事を考えるんだよ?ねえ、もっと肩のカを抜きなよ。肩にカが入ってるから、そんな風に構えて物事を見ちゃうんだ。肩のカを抜けばもっと体が軽くなるよ」
「どうしてそんなこと言うの?」と直子はおそろしく乾いた声で言った。
彼女の声を聞いて、僕は自分が何か間違ったことを口にしたらしいなと思った。
「どうしてよ?」と直子はじっと足もとの地面を見つめながら言った。「肩のカを抜けば体が軽くなることくらい私にもわかっているわよ。そんなこと言ってもらったって何の役にも立たないのよ。ねえ、いい?もし私が今肩の力を抜いたら、私バラバラになっちゃうのよ。私は昔からこういう風にしてしか生きてこなかったし、今でもそういう風にしてしか生きていけないのよ。一度力を抜いたらもうもとには戻れないのよ。私はバラバラになって――どこかに吹きとばされてしまうのよ。どうしてそれがわからないの?それがわからないで、どうして私の面倒をみるなんて言うことができるの?」
僕は黙っていた。
「私はあなたが考えているよりずっと深く混乱しているのよ。暗くて、冷たくて、混乱していて……ねえ、どうしてあなたあのとき私と寝たりしたのよ?どうして私を放っておいてくれなかったのよ?」
我々はひどくしんとした松林の中を歩いていた。道の上には夏の終りに死んだ蝉の死骸がからからに乾いてちらばっていて、それが靴の下でばりばりという音を立てた。僕と直子はまるで探しものでもしているみたいに、地面を見ながらゆっくりとその松林の中の道を歩いた。
「ごめんなさい」と直子は言って僕の腕をやさしく握った。そして何度か首を振った。「あなたを傷つけるつもりはなかったの。私の言ったこと気にしないでね。本当にごめんなさい。私はただ自分に腹を立てていただけなの」
「たぶん僕は君のことをまだ本当には理解してないんだと思う」と僕は言った。「僕は頭の良い人間じゃないし、物事を理解するのに時間がかかる。でももし時間さえあれば僕は君のことをきちんと理解するし、そうなれば僕は世界中の誰よりもきちんと理解できると思う」
僕らはそこで立ちどまって静けさの中で耳を澄ませ、僕は靴の先で蝉の死骸や松ぼっくりを転がしたり、松の枝のあいだから見える空を見あげたりしていた。直子は上着のポケットに両手をつっこんで何を見るともなくじっと考えごとをしていた。
「ねえワタナベ君、私のこと好き?」
「もちろん」と僕は答えた。
「じゃあ私のおねがいをふたつ聞いてくれる?」
「みっつ聞くよ」
直子は笑って首を振った。「ふたつでいいのよ。ふたつで十分。ひとつはね、あなたがこうして会いに来てくれたことに対して私はすごく感謝してるんだということをわかってはしいの。とても嬉しいし、とても――救われるのよ。もしたとえそう見えなかったとしても、そうなのよ」
「また会いにくるよ」と僕は言った。「もうひとつは?」
「私のことを覚えていてほしいの。私が存在し、こうしてあなたのとなりにいたことをずっと覚えていてくれる?」
「もちろんずっと覚えているよ」と僕は答えた。
彼女はそのまま何も言わずに先に立って歩きはじめた。梢を抜けてくる秋の光が彼女の上着の肩の上でちらちらと踊っていた。また犬の声が聞こえたが、それは前よりいくぶん我々の方に近づいているように思えた。直子は小さな丘のように盛りあがったところを上り、松林の外に出て、なだらかな坂を足速に下った。僕はその二、三歩あとをついて歩いた。
「こっちにおいでよ。そのへんに井戸があるかもしれないよ」と僕は彼女の背中に声をかけた。
直子は立ちどまってにっこりと笑い、僕の腕をそっとつかんだ。そして我々は残りの道を二人で並んで歩いた。
「本当にいつまでも私のことを忘れないでいてくれる?」と彼女は小さな囁くような声で訊ねた。
「いつまでも忘れないさ」と僕は言った。「君のことを忘れられるわけがないよ」
*
それでも記憶は確実に遠ざかっていくし、僕はあまりに多くのことを既に忘れてしまった。こぅして記憶を辿りながら文章を書いていると、僕はときどきひどく不安な気持になってしまう。ひょっとして自分はいちばん肝心な部分の記憶を失ってしまっているんじゃないかとふと思うからだ。僕の体の中に記憶の辺土とでも呼ぶべき暗い場所があって、大事な記憶は全部そこにつもってやわらかい泥と化してしまっているのではあるまいか、と。
しかし何はともあれ、今のところはそれが僕の手に入れられるものの全てなのだ。既に薄らいでしまい、そして今も刻一刻と薄らいでいくその不完全な記憶をしっかりと胸に抱きかかえ、骨でもしゃぶるような気持で僕はこの文章を書きつづけている。直子との約束を守るためにはこうする以外に何の方法もないのだ。
もっと昔、僕がまだ若く、その記憶がずっと鮮明だったころ、僕は直子について書いてみようと試みたことが何度かある。でもそのときは一行たりとも書くことができなかった。その最初の一行さえ出てくれば、あとは何もかもすらすらと書いてしまえるだろうということはよくわかっていたのだけれど、その一行がどうしても出てこなかったのだ。全てがあまりにもくっきりとしすぎていて、どこから手をつければいいのかがわからなかったのだ。あまりにも克明な地図が、克明にすぎて時として役に立たないのと同じことだ。でも今はわかる。結局のところ―と僕は思う―文章という不完全な容器に盛ることができるのは不完全な記憶や不完全な想いでしかないのだ。そして直子に関する記憶が僕の中で薄らいでいけばいくほど、僕はより深く彼女を理解することができるようになったと思う。何故彼女が僕に向って「私を忘れないで」と頼んだのか、その理由も今の僕にはわかる。もちろん直子は知っていたのだ。僕の中で彼女に関する記憶がいつか薄らいでいくであろうということを。だからこそ彼女は僕に向って訴えかけねばならなかったのだ。「私のことをいつまでも忘れないで。私が存在していたことを覚えていて」と。
そう考えると僕はたまらなく哀しい。何故なら直子は僕のことを愛してさえいなかったからだ。
第一章
我今年三十七岁。现在,我正坐在波音七四七的机舱里。这架硕大无比的飞机正穿过厚厚的乌云层往下俯冲,准备降落在汉堡机场。十一月冷冽的雨湮得大地一片雾蒙蒙的。穿着雨衣的整修工、整齐划一的机场大厦上竖着的旗、BMW的大型广告牌,这一切的一切看来都像是法兰德斯派画里阴郁的背景。唉!又来到德国了。这时,飞机顺利着地,禁菸灯号也跟着熄灭,天花板上的扩音器中轻轻地流出BGM音乐来。正是披头四的“挪威的森林”,倒不知是由哪个乐团演奏的。一如往昔,这旋律仍旧撩动着我的情绪。不!远比过去更激烈地撩动着我、摇撼着我。为了不叫头脑为之迸裂,我弓着身子,两手掩面,就这么一动不动。不久,一位德籍的空中小姐走了过来,用英文问我是不是不舒服,我答说不打紧,只是有点头晕而已。 “真的不要紧吗?” “不要紧,谢谢你!”我说道。于是她带着微笑离开,这时,扩音器又放出比利乔的曲子。抬起头,我仰望飘浮在北海上空的乌云,一边思索着过去的大半辈子里,自己曾经失落了的。思索那些失落了的岁月,死去或离开了的人们,以及烟消云散了的思念。在飞机完全静止下来,人们纷纷解开安全带,开始从柜子里取出手提包、外套时,我始终是待在那片草原上的。我嗅着草香、聆听鸟鸣,用肌肤感受着风。那是在一九六九年秋天,我就要满二十岁的时候。 刚刚那位空中小姐又走了过来,在我身旁坐了下来,开口问我要不要紧。 “不要紧!谢谢。我只是觉得有些感伤而已。(lt\'s all right now.thank you.I only felt lonely,you know.)”我笑着答道。
“Well,I fell same way,same things,once in a while.I know what you mean.(我也常常这样子哩!我能理解!)”说罢,她摇摇头,从座位上站起来,对着我展开一副美丽的笑容。“I hope you\'ll have an ice trip. AufWiedersehen!(祝您旅途愉快。再见!)” “AufWiedersehen!”我也跟着说道。就算在十八年后的今天,那片草原风光也仍旧历历在目。绵延数日的霏霏细雨冲走了山间光秃秃的地表上堆积的尘土,漾出一股深邃的湛蓝,而十月的风则撩得芒草左右摇曳,窄窄长长的云又冻僵了似的紧偎着蔚蓝的天空。天空高踞顶上,只消定睛凝视一会,你便会感到两眼发痛。风吹过草原,轻拂着她的发,然后往杂树林那头遁去。树叶沙沙作响,远处几声狗吠。那声音听来有些模糊,彷佛你正立在另一个世界的入口一般。除此以外,再没有别的声响。不管是什么声响都无法进入我们的耳里。再没有人会和我们错身而过,只看到两只鲜红的鸟怯生生地从草原上振翅飞起,飞进杂树林里。一边踱着步,直子便一边跟我聊起那口井来了。记忆这玩意儿真是不可思议。当我身历其境时,我是一点儿也不去留意那风景。当时我并不觉得它会让人留下深刻的印象,也绝没料到在十八年后,我可能将那一草一木记得这么清楚。老实说,那时候的我根本不在意什么风景。我只关心我自己,关心走在我身旁的这个美人,关心我和她之间的关系,然后再回头来关心自己。
不管见到什么、感受到什么、想到什么,结果总会像飞镖一样,又飞到自己这一边来,当时正是这样一个时代。再说,我那时又在谈恋爱,那场恋爱谈得也着实辛苦。我根本就没有气力再去留意周遭的风景。然而,现在率先浮现在我的脑海里的,却是那一片草原风光。草香、挟着些微寒意的风、山的线、狗吠声,率先浮现的正是这些,清清楚楚地。也因为实在太清楚了,让人觉得彷佛只要一伸手,便能用手指将它们一一描绘出来。但草原上不见人影。一个人也没有。没有直子,也没有我。我不知道我们究竟上哪儿去了。为什么会突然发生这种事呢?曾经那么在意的,还看她、我、我的世界,究竟都上哪儿去了?对了,我现在甚至无法立即记忆起直子的脸来,我能想到的,就是一幕不见人影的背景而已。当然,只要肯花时间我还是可以忆起她的脸。小小的冰冷的手、一头触感柔顺光滑的长发、软而圆的耳垂、耳垂下方一颗小小的痣、冬天里常穿的那件骆驼牌外套、老爱凝视对方的双眼发问的怪癖、有事没事便发颤的嗓音(就像是站在刮着强风的山坡上说话一样),把这些印象统统集合起来的话,她的脸便自然而然地显现出来了。最先显现出的是她的侧脸。这大约是因为我和直子总是并肩走在一块的关系罢。所以先让我忆起的常是她的侧脸。然后,她会转向我这边,轻轻地笑着,微微地歪着头开始说话,一边凝视着我的眼睛。彷佛要在清澈的泉底寻找一晃而过的小鱼似的。不过,我得花上一段时间才能如此这般地忆起直子的脸。而且,随着岁月的消逝,时间花得愈来愈长,尽管很叫人感到悲哀,但却是千真万确。最初只要五秒钟我便能想起来的,渐渐地变成十秒、三十秒,然后是一分钟。就像是黄昏时的黑影,愈拉愈长。最后大概就会被黑暗给吞噬了罢?是的,我的记忆确实是和直子离得愈来愈远了,正如我和过去的我离得愈来愈远一般。只有那风景、那十月的草原风景,就像电影里象徵的画面,不断地在我脑海中浮现。那风景执拗地“踢”着我脑中的某一个部分。喂!起来吧!我还在这儿哩!起来吧!起来了解一下我为什么还在这儿的理由吧!不痛!一点儿都不痛!只是每一脚便会有回音。但恐怕过不了多久回音也会消失吧?
正如所有一切已然消失了一般。然而,在这汉堡机场的路福特汉札(Lufthansa航空公司名)的飞机里,它们比往常更长时间地、更强烈地打着我的头。起来吧!起来了解吧!所以,我才写了这篇小说。因为我是那种一旦有什么事,不把它写成文字的话,便无法清楚地理解它的人。那时候,她究竟都聊了些什么?对了,她聊起一口野井。我不知道是否真的有那一口井,或许那只是存在她脑海中的一个形象的记号而已——如同那段晦暗的日子里,她在脑海中编织出的许多事物一般。然而,自从直子提过之后,我每想起草原的风景,便会跟着想起那口井来。我虽不曾亲眼目睹过,但在我脑中它却和那片风景紧密地烙在一块儿,是不可分割的。我甚至能够详细地描出那口井的模样。它就位在草原和杂树林之间。蔓草巧妙地遮住了这个在地表上横开约直径一公尺的黑洞。四周围既没有栅栏,也没有高出的石摒。只有这个洞大大地张着口。井缘的石头经过风吹雨打,变成一种奇特的白浊色,而且到处都是割裂崩塌的痕迹。只见小小的绿蜥蜴在石头的缝隙里飞快地续进续出。横过身子去窥探那洞,你却看不到什么。我只知道它反正是又恐怖又深邃,深到你无法想像的地步。而其中却只充塞着黑暗——混杂了这世界所有黑暗的一种浓稠的黑暗。
“是真的——真的很深唷!”直子谨慎地措词。她说话常常是那种方式。一面谨慎地选词,一面慢慢地说。
“真的很深。不过,没有人知道它的位置。但它一定是在这一带的某个地方。” 说罢,她将双手插进斜纹软呢上衣的口袋里,微笑地看着我,一副认真的表倩。 “那不是太危险了?”我说道。“在某个地方有一口深井,没有人知道它在哪儿。万一掉进去不就完了?” “是呀!咻——砰!然后一切结束!” “会不会真有这种事呀?” “常有啊!大约每两年或三年就会发生一次呢!人就这么莫名其妙地不见了,怎么找都找不到。所以这一带的人就说了,说是掉进那口深井去的。” “这似乎不算是一种好死法咧!”我说。 “很惨哩!”她说道,一边用手拂去黏在上衣上的草屑。“如果说就这么摔断脖子死了也就算了,万一只是挫了腿,那可就糟了。即使扯破喉咙也没有人会听见,没有人会找到你,蜈蚣、蜘蛛在一旁蠕动着,从前不幸死在那儿的人的骨头零星散布,四周阴阴湿湿地。只有小小的一道光圈彷佛冬月一般浮在头顶上。你就得一个人孤单地慢慢死去!”
“光是想就让人汗毛直竖哩!”我说。“应该要找到它的位置,然后做一个石摒才对!” “可是谁也没法找呀!所以呀!不能走得离大马路太远唷!” “不会的。” 直子从口袋里伸出左手,握住我的。“不过你没关系。你不必担心啦。就算在黑夜里到这儿来「盲盲」然地走上一遭,你也绝对不会掉进井里的。所以说,我只要紧跟着你,就不会掉下去了。” “绝对?” “绝对!” “你怎么知道?”
“我知道呀!就是知道嘛!”直子紧紧地握住我的手,一边说道。然后,有好一段时间默默地走着。“那种事我马上就能知道。没有什么理由,只是感觉而已。像今天晚上我一直跟着你走。就一点儿也不害怕。不管是多坏多黑暗的东西都引诱不了我!” “那还不简单?你就一直跟着我好了!”我说。 “嗯——你是真心的?”
“当然是真心的罗!” 直子忽地停下脚步,我也跟着停了。她将两只手搭在我肩上,从正面凝望着我的眼睛。在她的明眸深处,一洼浓黑的液体聚成一种奇妙的图形。这么一对美丽的眸子盯了我好久好久。然后她踮起脚,轻轻地将她的脸颊贴上我的。这动作棒透了,暖得教人感到胸口一阵紧缩。 “谢谢!”直子说道。 “不客气!”我说。 “你能对我说那些话,我太高与了。真的!”她哀切地边微笑边说道。“不过,那是不可能的。” “为什么?” “因为不能那么做!那样太过份了。那是——”话才到嘴边,直子突然又吞了回去,然后继续踱步。我知道现在她的脑子里有太多念头正在团团转着,因此我也不开口,只默默地走在她身边。 “那是——错的,对你对我都是。”久久,她才接着说道。
“怎么个错法?”我用平静的声音问道。 “因为没有谁能够永远保护另一个人呀!那是不可能的。听着,假设说我和你结了婚好了!你会上班吧?那你去上班的时候谁来保护我呢?难道我能跟着你一辈子吗?你看这公平吗?这还能叫做人际关系吗?而且总有一天你一定会觉得腻了。我的人生到底在干啥呀?当这女人的秤砣吗?到时候你一定会这么自问的。我不喜欢这样!这样根本也解决不了我的问题呀!” “总不会腻一辈子吧?”我将手贴在她的背上说道。“总会告一段落吧?等到告一段落,我们都得要重新考虑,今后该怎么做。到那个时候说不定还是你反过来帮我呢!我们需要随时盯着收支清算单过活吗,如果你现在需要我,你大可好好利用,不是吗?为什么非得这么固执不可呢?放松自已吧!你若是不肯放松,到头来就会变得硬梆梆的。放松自己,你会舒坦些的。” “你为什么这么说?”直子的声音听来既可怕又冷漠,我直觉得自己似乎是说错话了。 “为什么?”直子盯着地面说道。“放松自己会觉得舒坦些,这一点我也知道呀!你说这些话有什么用呢?听着,如果我现在放松自己,我会整个垮掉!从前我就是这一套生活方式,今后也只能这样活下去!我只要放松自己一次,就无法再恢复原状了!
我会垮掉,然后随风散去。你难道不能理解吗,连这些你都不能理解,还谈什么保护我?“ 我默不吭声。 ”我比你所想像的要复杂多了。阴郁、冷淡、复杂……你那时候为什么会和我上床?你别理我就好了。“ 我们在一片悄然无声的松林里踱着步。小径上散见些死于夏末的蝉的骸,干干痒痒的。踩在脚下便发出哔哩啪啦的声响。我和直子像是在找寻什么似的,一边盯着地面,一边徐徐地在小径上踱步。 ”对不起!“直子说道,然后轻轻地握住我的手腕,摇了摇头。”我并不想伤害你,别在意我说的。真的抱歉!我只是在生自己的气而已。“
“我想大概是因为我还不算真正地了解你吧!”我说。
“我不顶聪明,想了解某些事物都得要花时间才行。不过只要有时间,我就可以好好地了解你,我可以比谁都了解你。”
我们伫立在那里,倾耳聆听这一片宁谧。我用鞋尖去踢蝉的残骸和松枝,从树隙间仰望天空。直子则将两手插进上衣口袋里,一动不动地陷入沈思。
“喂!渡边,你喜不喜欢我?”
“当然喜欢!”我答道。
“那我可不可以拜托你两件事?”
“三件都可以!” 直子笑着摇头。“两件就可以了。两件就够了!第一件,我希望你明白,我非常感激你能够到这儿来和我碰面。我非常高与,算是——得救了。也许你看不出来,但这是事实。”
“我还会再来呀!”我说。“那另外一件事呢?”
“我希望你永远记得我。永远记得我这个人,我曾经在你身边。”
“我当然会永远记得。”我答道。她一言不发地走到前头去。透过树梢射进来的秋日阳光,在她的肩头上熠熠跳跃着。我又听到了狗叫声,似乎比刚才更近了。直子爬上一处如小丘般的坡,走出松林,然后快步跑下坡去。我跟在她身后约两、三步的距离。
“到这儿来啦!那口井说不定就在那边哟!”我在她背后喊。
直子于是站住脚,一面笑一面轻轻地抓住我的手腕。我们便并肩走完剩下的路。
“你真的会永远记得我?”她轻声问道。
“永远记得,”我说道。“我怎么忘得了?”
尽管如此,这份记忆的确是已经离我远去,我已经忘掉太多事了。像现在,一边回忆一边写,就常会教我陷入一种不安的情绪。因为我担心自己也许会将最重要的记忆遗漏掉。说不定,这回忆早已在我体内的哪方阴暗的“记忆边疆”里化作春泥了呢!但同无论如何,现在我所要写的,就是我所有的记忆了。我紧拥着这已然模糊,而且愈来愈模糊的不完整的记忆,敲骨吸髓,尽我所能地写这篇小说。为了信守对直子的承诺,除了这么做,我没有别的法子。更早以前,在我还算年轻,记忆仍然鲜明的时候,我曾有几回试着想写直子。可是当时我却一行也写不下去。我当然明白,只要能写出冒头的一行文字,便能顺畅地将她写完,但不管怎么努力,第一行就是写不出来。一切是如此鲜明,教我不知从何为起。这就好比说,一张画得太详细的地图有时反而派不上用场一样。不过,现在我总算懂了。原来——我想——只有这些不完整的记忆、不完整的思念,才能装进小说这个不完整的容器里。而且,有关直子的记忆在我脑中愈是模糊,我便愈能了解她。我现在也想通了她叫我不要忘记她的道理了。直子当然也知道。她知道总有一天,我脑中的记忆会渐渐褪色。也因此,她非得一再叮咛不可。 “我希望你永远记得我,永远记得我这个人。” 想到这儿,我就觉得非常难过。因为直子从来不曾爱过我。