わずか数羽しか残っていないトキ(コウノトリ目トキ科の鳥)は、国民の大きな関心を集めてきた。保護されたトキが卵を産み、雛が孵って育つ過程は、マスコミに大きく報じられた。②00③年①0月、日本最後のトキが死亡した。少し想像力のある人なら、トキの絶滅を招いたのは、環境の変化だろうということに思い至るだろう。実際にはトキのように個体数が減ってしまった生物を何羽か増やしたところで、元から棲んでいた場所には帰せない。絶滅しそうな生物を保護しても、自然というシステムからはすでに切り離されている。自然というシステムから見れば、( )のと同じことである。
絶滅の危機を叫ぶと、逆にその意味が薄れる可能性がある。具体的には、トキの保護に懸命な皆さんの様子が報じられると、「なぜあんなに必死になるのだろう。トキが死に絶えたって、人間の生活に関係ないよ。」と考える人も出てくるはずである。こういう発想が出てくるのは、ある生物が絶滅しても、それが自分にどう跳ね返ってくるか、それが見えないからである。
実はそこに生物多様性の意義がある。( ア )。自然はたくさんの構成要素が複雑に作用しあう巨大なシステムである。( イ )。システムというものは本来、それを壊そうとする力が働いても動かない。安定したものである。( ウ )。ある生物が絶滅しても、何も起こらないように見えるのは、自然というシステムがいわば「自動安定化機構」をもっているからである。( エ )。思いがけないところをつかれたとき、一気に崩壊することもありうる。
トキが自然界から隔離されても、今のところ、自然というシステムはさほど影響を受けていない。それは、トキがシステムにとって重要でなく、別の生物が重要だという意味ではない。自然というシステムは、たくさんの生物が影響しあって微妙なバランスを保っている。今回の場合、トキの影響は目に見えるほどではなかったが、別の条件の下だったら、もっと深刻な事態を招いたかもしれない。あるいは、長い時間が経ったあとで、大きな影響が現れるかもしれない。システムを構成する何かが欠けたとき、どんな影響がいつ現れるかは予測がつかない。
これを逆向きに言うと、システムを構成する要素は、システムを維持するためにいつもなんらかの役割を果たしている可能性があるということになる。だから、システムの構成要素をいたずらに減らすことは慎むべきなのである。自然の構成要素である生物の多様性を保つ必要があるのは、そのためでもある。
(養老孟司「いちばん大事なこと」より)
1、( )に入るものとして、最も適当なのはどれか。
①関係した
②絶滅した
③維持した
④崩壊した
2、「生物多様性の意義」とあるが、どのような意義があるのか。
①食料の供給、衣料の原料、薬となるなど、貴重な生物資源であること。
②一つでも生物種が絶滅すると、自然というシステムが崩壊する恐れがあること。
③自然というシステムは、「自動安定化機構」をもっていること。
④多くの生物が影響しって、自然というシステムのバランスを保っていること。
3、 自然のシステムに対する筆者の考えとして、適切なものはどれか。
①自然のシステムは複雑で、そのすべてを究明することは難しい。
②現状では、自然のシステムはまだ安定していると言える。
③自然のシステムが崩壊しつつあり、人間の保護を必要としている。
④自然のシステムの解明によって、人は自然をコントロールできるようになる。
4、「しかし、システムにも弱点がある」という一文は、第三段落ア~エのどこに入るか。
①ア
②イ
③ウ
④エ
5、「絶滅の危機を叫ぶと、逆にその意味が薄れる可能性がある」とあるが、それはなぜか。
①トキの絶滅を招いたのは、環境の変化によるものだから。
②絶滅しそうな生物を保護するのは、しょせん無駄な試みだから。
③トキが絶滅しても、人間の生活には関係ないと考える人も出てくるから。
④個体数が減った生物を何羽か増やしても、元の場所には帰せないから。