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ぬり絵の旅11

时间: 2018-03-31    进入日语论坛
核心提示:1988・春 南楽園 表参道の四つ角を根津《ねづ》美術館のほうへ曲がって四、五十メートル。青いスレートを貼《は》ったティルー
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 1988・春 南楽園
 
 
 表参道の四つ角を根津《ねづ》美術館のほうへ曲がって四、五十メートル。青いスレートを貼《は》ったティルームはすぐに見つかった。花水木《はなみずき》の白い花が散り始めている。
 十日ほど前、朋子から美しいガラスの器を描いた絵葉書が届いた。エミール・ガレの作。そこに短い文面で、
�お変りありませんか。私のほうは……離婚しました。今度は本当に。一昨年、母を亡くしまして、いよいよ独りです。コーヒーでも飲みませんか。古いフランス映画みたいに。でも、ゴメンナサイ。いつも身勝手で�
 と書かれてあった。
 ——どうしようか——
 迷ったのは、他人が聞いたら「お前も人がいいなあ。よっぽど惚《ほ》れてんのか」と笑われそうだから。あまりたやすく応じてしまっては、朋子がひどく身勝手な女であると、そう断定することになりそうだから。人にそう言われても反論ができそうもないから……。
 しかし、だれかに知られるはずもない。
 朋子はけっして身勝手なだけの女ではないし、もともと二人の関係は、世間の思惑とは少しはずれていた。
 中彦がダイアルをまわすと、今度は電話口になつかしい声が響いた。
「お変りもなくて?」
「変らない。こんな会話が多いな、俺たち。そちらは雲行きが少し変ったみたい?」
「そう。かなり変っちゃった」
「会おうか」
「いいんですか」
「わるい理由は、ないだろ」
「まあ」
「青山あたり」
 青いスレートのティルームを告げたのは朋子のほうである。
 中庭を挟んだシンメトリックな建物。半分がティルーム、半分が洋菓子を売る店舗になっている。
 とてもしゃれた店構え。
 ドアを押すと、奥まった席で女性が手を挙げた。朋子だった。
 ——あれっ——
 少し老《ふ》けた。
 と言うより少し器量が落ちた。肌の色に艶《つや》がない。照明のせいかもしれない。いつか東京駅で会ったときには、八年ぶりだったのに、ほとんど変っていなかった……。
 今度は五年ぶり。
 どうやら女性の顔というものは、同じリズムで老けて行くものではないらしい。あるときガクンと老ける。顔の種類によってもちがうだろう。二十五歳で老ける顔、三十歳で老ける顔、三十五歳で老ける顔などと。朋子はちょうどこの五年のうちにそんな節目を通り抜けたらしい。
「やあ」
「ちっとも変らないわね」
 朋子の眼には中彦がどう映ったか。
 中彦は、英語のテキストで読んだ�二人の煙突掃除人�を思い出した。二人の男が煙突を掃除する。仕事が終り、顔を見あわせたとたん洗面所に走ったのは、少しも顔の汚れていないほう。顔をまっ黒にした男は、それを不思議そうに眺めていた。話のおちは……つまり、顔の汚れた男は、顔の汚れていない男を見て、
 ——俺も汚れていない——
 と考えた。一方、汚れていないほうは、その逆。だから洗面所へ走った。
 ——今も同じかな——
 もし中彦が昔と少しも変っていなければ、朋子は自分も変っていないと思うのではあるまいか。
 面ざしはともかく朋子の声は少しも変っていない。眼の動かしかたも。
「また独りになったんだって」
「そう、駄目ね」
「で、なにをしてんだ」
「アクセサリーの問屋さん。今、ものすごいブームなの。売り手も買い手もゴチャゴチャになってるのね」
「うん?」
「そんなに高価なものじゃなくてもいいわけよ。加工技術が進んでいるから、材料が宝石や金でなくても、いいものがたくさんあるのね。デザインのほうが勝負なの。安くて、いろんなものが買えたほうが、いいでしょ。若い人たちは、とくに」
「そうだろうな」
「だから……いそがしいの。こっちのほうが向いてるみたい、主婦より」
「すっかり片づいたのか」
「うん。もうなんもなし。母も亡くなったし父の会社もなくなったし。そちら様は?」
「ぜんぜん変らない」
「あい変らず武芸者で……」
 前にそんな話をしたことがある。
「しかし、四十代に突入したからな、武芸者としてはもう老兵のほうだ。おいしいね、このコーヒー」
「いい店でしょう。初めて?」
「うん」
「富山の人らしいの、ここの経営者」
「このあいだ、富山から絵葉書をもらった」
「ええ。富山の人って、お風呂《ふろ》屋さんが多いんですって」
「そう言うね。東京のお風呂屋さんは、あらかた富山の人だって」
「この店、とってもきれいだけど、ちょっとお風呂屋さんに似ていない?」
「あははは。シンメトリックで、中庭があって」
「ね? とってもセンスのいいお風呂屋建築。タイル貼《ば》りだし」
「富山県は強盗になるんだよな、たしか」
「なに、それ?」
「越中強盗、加賀|乞食《こじき》、越前詐欺で、若狭《わかさ》は首吊《くびつ》る」
「あい変らずへんなこと知ってるのね」
「生活にいよいよ困ったとき、どういうビヘビアーを採るか。富山県は強盗になる。石川県は乞食になる。福井県は……越前のほうは詐欺師になって、若狭は首を吊つちゃう」
「県民性なの?」
「そうじゃないのか」
「ふーん」
 朋子はコーヒーの香りを嗅《か》ぎながらゆっくりと飲む。
「ぬり絵、あと二つだろう」
「そうね」
「愛媛と和歌山」
「愛媛はいらしたことあるんでしょ」
「松山にね」
「宇和島《うわじま》って、愛媛よね」
「多分そうだろ」
「宇和島の近くに南楽園って、とってもすてきな庭園があるんですって」
「あんなところに」
「ええ。すごくきれいなんですって」
「行ってみようか」
「わざわざ?」
「いいだろ? 再会を記念して」
 そう誘いながら、中彦は、
 ——いいのかな、旅になんか行って——
 かすかなためらいが、心をよぎるのを覚えた。
 ——新しい関係が始まるかもしれない——
 この十数年間、中彦は朋子以外の女性と親しい仲になったこともあったけれど、朋子ほど気のあう人はいなかった。これは本当だ。恋愛なんて熱病のようなところがあるから、短い期間をとってみるならば、朋子以上にボルテージのあがった関係も皆無ではないけれど、長い眼で見れば朋子が断然|睦《むつま》じい。
 ——一緒に暮らしてもいいかな——
 と思う。
 独り身になった朋子も同じことを考えるのではあるまいか。だが、
 ——今さら、朋子と——
 と、その思いも強い。
 なれあいのような関係。心の底からふつふつとたぎって来るようなものはもはやほとんど見当たらない。春の日の陽なたぼっこ。心地はよいけれど、ときめくものがとぼしい。
 そういうことなら、今あらためて旅になど出かけてはいけない。
 ——ちがうだろうか——
 そう思うあとから、
 ——まあ、いいか——
 曖昧《あいまい》さが特徴であるような関係だった。それが中彦にもよくあっていたし、朋子もそれでよかった。ほかの人ならともかく、朋子と中彦だからこそそれができたような気もする。だったら、今までのまま曖昧さを貫くことも許されるだろう。
「行きたいわね」
「行こうと思えば行ける。思わなければ行けない」
「なにしろいそがしいの」
「君の都合にあわせるよ」
「二日とればいいのねえー。土。日を挟めば……」
「うん」
「ここまで来たら、ぜひともぬり絵をすっかり完成させたいわ」
「そうだな」
「わりと本気なの」
「いいんじゃない」
「少し考えさせて」
「うん」
 朋子がいそがしいと言ったのは本当だった。
 朋子の生活をすみずみまで観察したわけではないけれど、時折電話をかけてみるだけで見当がつく。一日十五、六時間労働。起きているときはほとんど働いている。人に会うことが多いようだ。ファッション関係の雑誌に原稿まで書いている。直接製作者を訪ねて、一品一品、こまかい買いつけのような仕事もやっているらしい。ものすごくエネルギッシュ。もともと朋子は中彦のような怠け者ではなかったけれど、これほどエネルギッシュに働く人ではなかった。なにかにとり憑《つ》かれたみたいに……。
 ——さびしさを忘れるためかな——
 結婚に破れて、今度は仕事にうち込もうと考えたのだろう。
 だが、あとで考えてみると、それだけではなかったらしい。
「行ってくれる? 愛媛に」
 突然の電話でそう言われた。
「いいよ」
「あと二つだから」
 朋子の言い方には、とても大切なことを完成するような、そんな響きが感じられた。
「そう」
 目的は人それぞれが自分で作るもの。それが多大なエネルギーを注ぐに値するものかどうか、吟味することよりエネルギーの燃焼そのものに心を奪われてしまう、そんなことはだれしも体験しているだろう。
 間もなくこの旅は実現した。朋子の望むままに。
 五月なかばの土曜から月曜まで。春は充分に深まっていた。
「疲れてるんじゃないのか」
「そうねえ」
 朋子の化粧が濃くなった。
 だから一瞬の表情は、むしろ若い頃より華やかに映るけれど、疲労は隠せない。なにかの折にふっと面ざしに浮かぶ。
「働きすぎだな。よくはわからんけど、もう少し楽にしたほうがいいんじゃないのか」
「もうあとちょっとね」
「あんまりつきつめた気分で生きないほうがいいよ」
「そう思っているわよ」
 羽田空港からも、搭乗のまぎわまで仕事の電話をかけている。
「ごめんなさい、落ち着かなくて」
「いいけど、べつに」
「仕事なんか、忘れたい」
 そう言いながら旅の途中でもよく東京へ電話を入れていた。
 松山はいかにも地方の古都らしいのどかさをたたえた町である。濠《ほり》と城址《じようし》が市街地の中心部を占め、道後《どうご》温泉に向かう市電がガタンゴトンと敷石の道を走っている。新しい街のところどころに古い家並みを残している。
 正午過ぎに到着し、道後温泉から子規記念博物館へとまわった。
「日本をいくつかのブロックに分けて講習会とかコンクールとかをやるとき」
「ええ?」
「北海道は札幌でいいし、九州は博多で、まあ、いい。土地の人はみんな納得する」
「ええ」
「北海道じゃ、だれがなんと言っても札幌がキャピタルなんだ。九州も、熊本の人なんかちょっとおもしろくないらしいけど、博多が九州の代表と見なされても、そう大きな苦情は出ない」
「そうでしょうね」
「ところが、四国はちがう。高松なんかでやると�なんで高松や�となる。松山や高知がうるさい」
「自分のほうが四国一だと思ってるわけね」
「高松にはろくな空港もないしね。昔は宇高連絡船が入口だったけど、今はたいてい飛行機で入って来るもん、四国へは」
「橋ができたでしょ」
「東京から来るのに、そう便利になったわけじゃない」
「ここは大きいみたい」
「だろ? 人口は四国で一番だし……松山はわりと自信を持ってんじゃないかな。四国のキャピタルは、おらっちだって」
「おもしろいわ」
「教育熱心だし、受験熱もかなりフィバーしている」
 城山に登り、海に落ちる夕日を眺めた。
 朋子があらかじめ魚のおいしい店を調べておいてくれた。
「疲れちゃった」
「結構登ったもんな」
「あれくらい、昔は平気だったんだけど。やっぱり年ね」
「馬鹿なこと、言うんじゃないよ」
「でも、もう朱夏を過ぎて、私たち白秋でしょう」
「寿命が長くなってるからな」
「明日は早いわ」
 朋子はどうしても南予に新しくできた南楽園を見たいと言う。それが旅の目的だった。
「何時だっけ」
「八時半の列車」
「今夜は早く休もう」
「そうね」
 しかし、久しぶりに出た旅の夜である。
「抱きたい」
「えっ?」
 とばかりに眼をあげたが、抗《あらが》いはしなかった。
 短い抱擁のあとで体を重ねた。
 女体はまた少し変っていた。あえぐように、すがるように、腕をからめ、体をより深く密着させ……なんと説明したらよいのだろうか、性に対する執着心のようなものが、はっきりと感じられた。
 二人とも荒い息をつき、朋子の息遣いが静まるまでにはしばらくかかった。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
 中彦はぐっすりと眠った。
 ピピィ、ピピィ……枕《まくら》もとの時計が鳴り、それぞれのベッドから亀の子のように首をあげた。
 七時を指している。
「よく眠れた?」
「ええ」
 朋子の声はまだしっかりと眼ざめていない。
「さーて、起きるか」
 中彦はばね仕かけのように起きる。
「元気いいのね」
 洗面をすませ、朝食をとらずにタクシーで駅へ向かった。名前は予讚《よさん》本線だが、車両はローカル線みたい。駅弁を買い込み、浅い椅子《いす》にすわって包み紙を開く。
「かまぼこの名産地だろ、このへんは」
「蜜柑《みかん》もおいしいはずよ」
「どうして日本の蜜柑は外国に負けるのかな。外国のオレンジ類と比べても、甘いし、食べやすいし、わるくないと思うけど」
「食べやすいのは、いいわね」
 内子《うちこ》、大洲《おおず》、八幡浜《やわたはま》……。
 線路ぞいの広告板を見ながら、
「饅頭《まんじゆう》の広告が多いんじゃないかなあ」
「お茶が盛んなんじゃない。だから、お茶菓子も」
「ほら、また饅頭だ」
「本当」
「今回はなんにも用意して来なかったんだ」
「なーに?」
「ほら。おもしろくて、ためになる話」
「覚えていてくれた?」
「覚えてはいたんだけど……。もうすぐ西暦二〇〇〇年が来る」
「ええ」
「二〇〇〇年には二月二十九日があるかどうか」
「あるの?」
「このあいだ、アメリカの雑誌で読んだばかりだ。こまかいことは忘れちゃったけど、えーと、あるんだよな、たしか、西暦二〇〇〇年の二月二十九日は」
「うるう年なのね」
「うん。二〇〇〇年がもっと近づけば、きっと話題になるよ。うるう年は四年に一回、オリンピックの年に、西暦年が四で割れる年に来る」
「今年がそうだったわね」
「一年が三百六十五日より少し長いから四年に一回調節をしているわけだけど、四年に一日増やし続けて行くと、今度は時間のほうが少し足りなくなっちゃって……」
「本当に?」
「うん。その補正のために百年に一回、うるう年であるべき年をうるう年にしないんだ」
「へーえ、知らなかった。そんなの、あった?」
「西暦年が百で割れる年。百で割れる年は当然四でも割れるから、普通だとうるう年なんだけど、これはうるう年にしない。一九〇〇年がそうだった」
「生まれてないわ」
「もちろん。生まれてる人がめずらしい。で、まだ、これで終りじゃないんだ。こうやって調節しても、長いあいだにまた逆に時間の余りができちゃって、四百年に一回、さらに補正をおこなう。西暦が四百で割れる年、これがそいつで、二〇〇〇年はそれに当たる」
「ややこしい。頭がおかしくなりそう」
「むつかしいこと、ないサ。西暦年が四で割れれば、うるう年。しかし百で割れれば、うるう年にしない。さらに四百で割れれば、うるう年にする。二〇〇〇年は四百で割れるから二月二十九日はあるわけだ」
「へーえ」
「二〇〇〇年のときは、ちゃんと四年ごとにうるう年が来るわけだから、こんなルール、知らなくても、べつに困らない。おかしいぞと気がつくのは西暦二一〇〇年のときじゃないかな」
「生きてないわね」
「まあな」
「私は二〇〇〇年だって危いわ」
「そりゃ、ないな」
 正午少し前に宇和島へ着いた。
「伊達政宗《だてまさむね》の子どもが、ここのお殿様になったんでしょ」
「あ、そう。よく知ってるね」
「NHKの大河ドラマでやってたわ」
「ああ、そうか。俺、あんまり見ないから」
「最悪のとき……よく見てた。彼とうまくいかなくて、イライラしてた頃」
「そういうこと、あるよ。連続ドラマと一緒に、その頃の感情が甦《よみがえ》って来るとか」
「そう」
「博物館があるらしいけど」
「いいわ。南楽園を見たいの。まっすぐ行きましょ」
「なんなんだ、それ」
 中彦はまるで知識がない。最近造られたものらしく、ガイドブックにも載っていない。
「庭園。普通、庭園て言えば、金沢の兼六《けんろく》園だって、水戸の偕楽《かいらく》園だって、みんなお殿様の別荘かなんかだったんでしょ。でも、ここはちがうらしいの。愛媛県なのかしら、持ち主は? 県が作っちゃったのね、お殿様みたいに」
「ふーん。めずらしい」
「そうみたい」
 タクシーで三十分ほど走って、
「あれかしら」
「そうです」
 と、運転手の帽子が頷《うなず》く。
 広い駐車場があり、観光バスが何台か停《と》まっている。
「へえー、やるもんだねえ」
「菖蒲《しようぶ》がいいですよ、今は。見どころがいっぱいありますから。一時間くらいは、らくにかかるんじゃないすか」
 初老の運転手に教えられ、出入口に続く橋を渡った。
 木組の、やんごとないお屋敷にでも入るような門構え。くぐって中へ進むと、
「なるほど」
 パンフレットには池泉回遊式日本庭園と記してある。
「ああ,きれい」
 早くも菖蒲の鮮かな紫が眼を刺す。
 観光バスの台数のわりには、園内の人影はまばらである。庭園の広さのせいだろう。
「松山から来るとなると結構時間がかかるなあ」
「こっちは桜、こっちは梅。一年中なにかしら花が見られるように作ってあるらしいの。あれは萩《はぎ》かしら」
「みごとだな」
 一面に菖蒲畑が広がっている。低い湿地帯の中に鉤《かぎ》型の板の通路が敷かれ、人は花の道を進む。
「紫はむつかしい色だわ」
「うん」
「ちょっとのちがいで品がよくもなるし、わるくもなるし」
 葉の緑が花の色をさらに鮮明に映し出している。
 周辺の山がほどよい借景を作り出している。充分に広い山野を切り開き、各地の名園の長所を取り入れ、造園技術の新しい知恵を集め、思い通りの設計で造られたものにちがいない。こんなところにこんな庭園があるなんて……唐突な感じはいなめないが、それだけに驚きがあっておもしろい。
 東屋《あずまや》で足を休め、また新しい花の道を捜して歩く。朋子が本当にうれしそう。庭園の美しさを満喫した。
「来てよかったわ」
「そう」
「まだあんまり人に知られていないでしょ」
「うん」
 これからは日本のあちこちで新しい名勝が作られていくにちがいない。
「お待ちどおさま」
 車に戻った。
「とてもいい庭園ね」
「そうでしょう。南レクの公園へ行きますか」
 と運転手が誘う。
「なにがあるの?」
「海の上を通るロープウエイとか、展望タワーとか。宇和海から高地の山までずーっと見えますよ」
 朋子が小さく首を振って、
「でも……いい。見たい?」
 と、中彦の顔を覗《のぞ》く。
「いや。じゃあ、帰ろう」
「今日はいい眺めだと思うがね」
 運転手は残念そうにつぶやいたが、朋子の気が進まないならば、中彦は無理に行こうとは思わない。
「宇和島に戻ってください」
 いま来た道を引き返した。
「このあたりは、大隅《おおすみ》、奄美《あまみ》、沖縄なんかへ渡る玄関口だったわけだな」
「ええ」
「だから、伊達政宗の子どもも、わりと大切なところへ封ぜられたんじゃないのかな」
「ええ」
「海賊の本拠地があるんだよな、たしか」
「はあ。日振島《ひぶりじま》、藤原|純友《すみとも》の本拠地ですわ」
 と運転手が答え、朋子は中彦の肩に頭を預けて眠り始めた。
 ——疲れてるんだな、そんなに頑張ることもないのに——
 やはり女が一人で生きて行くというのは、ずいぶん大変なことなのだろう。
 宇和島のホテルに入り、夕食のあとは、
「ゆっくり休んだらいいよ。疲れてるみたいだから」
「散歩へ行きますか、町へ」
「なにもない町だもの。いいよ、話でもしていよう」
「ええ」
 それぞれのベッドに寝転がって、とりとめのない話を交わした。
 テレビが小さな声を流している。ときどきそれを見る。
「あと一つね」
「俺もそうなんだ。和歌山にだけ行ってない」
「足並をそろえてくれたのね」
「そうでもないけど、結果として、そうなっただけだよ」
 意図的にそうした部分も少しある。
「やさしいのね」
「かならず行こう、一緒に」
「人間なんて偶然この世に放り出されたんでしょうけど、自分の一生のうちになにができるか、人それぞれ自分にあった設計図を考えるものなんでしょうね。すごい設計図もあるし、つまらない設計図もあるし……」
「うん?」
「ただ、自分の力でできるのは、このくらい……なんとなくわかるんじゃないかしら」
「そうかもしれん」
「本当に私のぬり絵、ぬっているの?」
「ああ」
 いつのまにか朋子は眠りに落ちていた。
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