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三角のあたま12

时间: 2018-03-31    进入日语论坛
核心提示:パンと花と犬 青山に住んでいた頃、よく近所の「ヨックモック」にコーヒーを飲みに行った。 ヨックモックは洋菓子のメーカーだ
(单词翻译:双击或拖选)
 パンと花と犬
 
 
 
 青山に住んでいた頃、よく近所の「ヨックモック」にコーヒーを飲みに行った。
 
 ヨックモックは洋菓子のメーカーだが、ここにはティ・ルームがあって、雰囲気がとてもよろしい。思いがけない美人を無料で(もちろんコーヒー代は必要だが)客席に見つけて鑑賞するチャンスも多い。
 
 それに、忘れちゃいけない。トーストがおいしい。私の好みである。
 
 このことは、ほかのエッセイで書いたことがあるのだが、あらためて、しつこく書く。
 
 パンが柔かく、厚い。そこにバターがたっぷりと染み込ませてある。
 
 私はトーストを注文して自分でバターをぬるのが好きではない。面倒だし、パンもぬるくなっていて、バターが染み込まない。この店のトーストは調理場で熱いパンにバターをぬり、そのあとでもう一度焼くにちがいない。バターはパンの表面でプチプチと小さな泡を立てて溶けていて、ちぎって口に含むと、中のほうまで熱く染み込んでいる。こんなトーストを食べさせる店はけっして多くはない。私一人の好みではあるまい。重ねてここに紹介する理由である。
 
 青タイルを貼《は》った建物も美しいが、中庭にある花水木がまたすばらしい。たった一本、高く、優美に枝を広げている。
 
 アメリカ花水木と言うくらいだから、アメリカ大陸が原産地なのだろう。昔はあまり見なかった。あまり聞かなかった。
 
 白と赤と二種類の花があり、どちらも趣きがある。花のあとの緑葉も充分に鑑賞に堪えるし、秋の紅葉も鉄《てつ》錆《さび》色のやきもののように染まって、これもよい。すっかり葉を落とした冬枯れの枝ぶりもわるくない。四季を通じて眺めることができる。
 
「すてきね」
 
「うん。ああいう木がほしいね」
 
 妻と二人で憧れていた。
 
 四年前、自分の家を建てることになり、設計図には小さな中庭がある。
 
 いや、中庭を作ったことさえ「ヨックモック」のイメージがあったから……。敷地の広さは比べようもないけれど、とにかく、もの真《ま》似《ね》をしてみたかった。
 
 ご多分に漏れず家屋のほうに予算をあらかた使ってしまい、庭木のほうまでお金がまわらない。
 
「十万円くらいで、どう?」
 
「花水木ですか、せめて十五万円は出していただかないと」
 
「じゃあ、それで捜して」
 
 植木屋さんに無理に注文して、憧れの花水木を一本植えてもらった。
 
「ヨックモック」の花水木は(伝聞なのでちがっているかもしれないが)あっちこっち手を尽して捜しまわり、百万円を超える名木なんだとか。彼我の差はおのずと現われる。かなりちがう。
 
「なんだかうちのは貧弱ねえ」
 
「枝ぶりがわるいな。今に育つんだろ」
 
「このくらいが身分相応なんじゃないかしら」
 
 今どき小なりと言えども庭のある家を持てるなんて……贅沢を言ってはなるまい。
 
「ヨックモック」と比較さえしなければ、結構見られる。わが家の花水木もちゃんと春には花を咲かせ、秋には落ち葉を散らす。私は青山へ行っても、このごろは「ヨックモック」へは立ち寄らない。そのほうが心の安定によろしい。
 
 
 
「犬を飼おうよ」
 
 家を持って、まず子どもたちが願ったのが、このことだった。
 
「うん。ちゃんと面倒をみろよ」
 
 私は犬が好きである。子どもの頃はいつも家に犬がいた。
 
 本当のことを言えば、子どもたちがもっと幼い頃に犬を飼ってやりたかった。餌《えさ》をやり忘れれば、犬は飢えるよりほかにない。水を与えなければ飲めない。ともすれば過保護になりがちな昨今の子どもたちに、犬を飼わせれば、厭《いや》でも自分より弱い者がこの世にいることを教えられる。世話をしてやらなければ、犬は死んでしまうのである。「試験があるから」とか「お友だちの家に行ってたから」とか、そんな理屈はなんのたしにもならない。犬を飼うことは教育のたしにもなるだろう。
 
 だが、ずっとアパート住まいだったから無理だった。おくればせながら中庭のある家を持って飼うことにした。防犯の役にも立つ。
 
 犬種はシェトランド・シープ・ドッグ。コリーを小さくしたような中型犬である。俗称はシェルティ。
 
 これもよくできた犬だ。
 
 頭のよしあしや性格は、それぞれに差があるだろうし、飼い主のしつけにもよるけれど、とにかく造形的に美しい。上品で、バランスがよくとれている。毛並みの美しさ、色の配合も申し分ない。
 
「わが家で一番美形なんじゃないか」
 
「血統だって、断然いいんじゃない」
 
 私の家系も妻の家系もとり立てて言うほどのものではない。日本には家系のいい人なんてめったにいない。
 
 それに比べれば、わが家のシェルティは、曾《そう》祖《そ》母《ぼ》ぐらいがちゃんと犬の本に記載してある。由緒ある血筋の末《まつ》裔《えい》である。
 
 おおいに満足していたのだが、ある日、知人が訪ねて来て、
 
「ああ、お宅もこれ。このごろ、はやってるからねえ」
 
「そうなの?」
 
 たしかによく見る。昔はあまり見なかった。シェトランド・シープ・ドッグなどという名前も聞かなかった。
 
「名犬ラッシーってのがいただろ、映画に」
 
「うん。あれはコリーだろ」
 
「そう。戦後の日本人はみんなあの映画を見て〓“ああいう犬、飼いたいな〓”って思ったんだな。ところが住宅事情がわるいから、あんなにでかいのは飼えない。それで、あれを少し小さくしたシェルティを飼っているんだ。代償行為。いじましいよ」
 
 指摘されてみると、なんとなくそんな心理が私の中にも働いていたような気がする。
 
 花水木とシェルティ。どちらもわるい品種ではない。何十年か前までは、今ほどよく見かけるものではなかった。今では、どこにでもある。どこにでもいる。
 
 知人はさらに続けた。
 
「成金趣味とまでは言わないけど〓“中流の上〓”的陳腐さだな」
 
 せっかくわるくないと思っていたのに……。
 
 わが家の昼下りは花水木の下でシェルティが眠り、私がそれを見つめている。以前は嬉々として、今は少々鼻白んで。
 
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