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マスグレイヴ家の儀式書(2)

时间: 2024-01-31    进入日语论坛
核心提示: レジナルド・マスグレイヴは同じ大学の学生だった縁で、多少のつきあいはあった。高慢ちきに見えたせいか、仲間内であまり好か
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 レジナルド・マスグレイヴは同じ大学の学生だった縁で、多少のつきあいはあった。高

慢ちきに見えたせいか、仲間内であまり好かれていなかったが、あれは極度に内気な性格

を隠そうとしているだけだろうと僕は思っていた。容よう貌ぼうは貴族を絵に描いたよう

な感じで、瘦やせて鼻が高く、目が大きい。立ち居振る舞いは物憂げだが、気品を漂わせ

ていた。事実、イギリス随一と言われる旧家の出身だった。十六世紀に北部のマスグレイ

ヴ家から分かれ、西サセックスを地盤とした分家だそうで、ハールストンにある館は住居

としては当地方で最古の建造物にちがいない。

 生まれた家の雰囲気というのは人にまとわりつくものかもしれないね。彼の細くて青白

い顔や、頭をつんとそらした姿を見るたび、灰色のアーチ道や、縦仕切りのある窓といっ

た、封建時代の古色蒼そう然ぜんとした遺物を思い浮かべたよ。僕らはときどきたわいな

いおしゃべりをした。彼が僕の観察と推理を組み合わせた方式に大きな関心を寄せたこと

は、今でもはっきりと覚えている。

 大学を卒業して、一度も会わないまま四年が過ぎたある朝、マスグレイヴがモンタ

ギュー街の下宿部屋にひょっこり訪ねてきた。あまり変わっていなかったよ。もともとめ

かし屋だったから、最新流行の服に身を包んで、以前と同じ洗練された静かな物腰の青年

だった。

『久しぶりだね。今どうしているんだい、マスグレイヴ?』がっちりと握手を交わしたあ

と、僕はそう尋ねた。

『父が亡くなったことは耳に入っているかい? 二年ほど前のことだ。それでぼくが家督

を継ぎ、ハールストンの地所を管理しているんだが、地元選出の議員でもあるからなにか

と忙しくてね。ホームズ、きみのほうは学生時代にみんなをあっと言わせた能力を、実践

の場で活いかしていると聞いたが』

『そうなんだ。知恵をしぼることで生計を立てているよ』

『ああ、よかった。というのは、きみの助言がぜひとも必要だからなんだ。ハールストン

でなんとも奇妙なことが起きてね。警察に任せてもいっこうに埒らちが明かない。桁けた

外れに不可解な事態に陥っているんだ』

 ワトスン、僕が彼の話にどれほど真剣に耳を傾けたか、きみなら想像がつくだろう?

何カ月間もご無ぶ沙さ汰たしていて、喉のどから手が出るほどほしかったものを、目の前

にはいどうぞと差しだされたんだからね。心の奥では、皆がさじを投げた事件だろうと鮮

やかに解決してみせる自信があったから、腕試しにもってこいだと思ったよ。

『詳しく聞きたいな。話してくれないか?』はやる気持ちを抑えきれなかった。

 レジナルド・マスグレイヴは向かいの椅子に腰を下ろすと、僕が勧めた紙巻き煙草に火

をつけた。

『まずハールストンの屋敷について大まかに説明しておこう。ぼくは独身だが、使用人を

大勢雇っている。不規則に広がる入り組んだ形の古屋敷なので、手入れが大変なんだ。し

かも猟場を持っていて、雉きじ猟の季節には客が泊まりがけでやって来るから、人手不足

のせいで不手際があってはならない。そんなわけで、屋敷にはメイドが八人に料理人と執

事が一人ずつ、下男が二人、それから雑用係が一人いる。もちろんそれとは別に、庭園と

廏きゆう舎しやにもそれぞれ世話係を置いている。

 使用人の中で一番の古株は、執事のブラントンだ。若い時分に教師の職を失って困って

いたところを父に助けられたんだ。きびきびとよく働き、人柄も申し分ないので、非常に

重宝していた。立派な体格と、額の広い端正な顔立ちの男だ。うちに来てかれこれ二十年

経つが、年齢はまだ四十そこそこだろう。容貌に恵まれているうえ、外国語をいくつも習

得し、どんな楽器も上手に弾きこなす才能豊かな人物だから、なぜ執事の職に長年とど

まっていたのか不思議だが、安泰な暮らしに慣れてしまうと、わざわざ転職する気になら

ないんだろう。いずれにせよ、我が家の訪問客たちのあいだではすこぶる評判がよかっ

た。

 だが、この手本ともいうべき男にも欠点がひとつある。女たらしなんだ。まあ、あれだ

けの男がなにもない田舎にいるんだから、そうならないほうが珍しいだろう。

 結婚していたあいだは浮き名を流したことなど一度もなかったが、奥さんに先立たれて

からは女のことでしょっちゅうもめ事を起こしている。数カ月前、第二メイドのレイチェ

ル・ハウエルズと婚約したので、ようやく再婚して落ち着くかと思っていたら、なんと彼

女を捨てて、猟場管理人頭の娘のジャネット・トレジェリスに入れあげるようになった。

レイチェルは気だてのいい娘だが、ウェールズ人特有の興奮しやすい性質なので、頭に血

がのぼって熱に浮かされたような状態になった。今では、厳密に言うと昨日までだが、目

の落ちくぼんだ亡霊のような姿で邸内をさまよっていた。これがハールストンで持ちあ

がったひとつめの騒動だが、それがわれわれの頭から吹き飛んでしまうほどさらに強烈な

出来事が起こった。その発端は、ブラントンをある恥ずべき行為が理由で解雇したこと

だった。

 恥ずべき行為というのは、こういうことだ。彼は頭の切れる男だが、それがあだになっ

て、執事が首を突っこむべきでない事柄にまで執しつ拗ようなまでの好奇心を抱くように

なった。ぼくが偶然気づいたからよかったものの、もしそうでなかったら、いったいどこ

まで深入りしていたことやら。

 さっきも言ったが、屋敷は不規則に広がる入り組んだ構造になっている。先週のある晩

──正確には木曜日の晩、ぼくは夕食後に濃いブラック・コーヒーを飲んだせいで、眠れな

くなってしまった。何度も寝返りを打つうちに午前二時になり、もう無理だとあきらめ

た。起きあがって、ろうそくに火をともし、読みかけの小説を探した。そのときになっ

て、本をビリヤード室に置きっぱなしにしたことを思い出したので、しかたなくガウンを

はおって部屋を出た。

 ビリヤード室へ行くには、階段を下り、書斎と銃器室のある廊下を突きあたりで曲がら

なければならない。ところがその廊下の先に目をやった瞬間、書斎のドアが開いていて、

そこから室内の明かりが漏れているのに気づいた。ぎょっとしたよ。寝室へ行く前にぼく

が自分でランプを消し、ドアを閉めたんだからね。当然、最初に頭をよぎったのは泥棒

だ。ちょうど廊下の壁には昔の武器がいくつも飾ってある。そこで壁から戦闘用の斧おの

を取りはずすと、燭しよく台だいを持つ手を背中にまわし、抜き足差し足で進み、開いた

ドアから書斎の中をのぞいた。

 そこにいたのは執事のブラントンだった。まだ服を着たまま、安楽椅子で地図のような

紙を膝ひざの上に広げている。うつむいて片手で額を押さえ、なにやら考えこんでいるよ

うだ。ぼくは驚きのあまり声が出ず、戸口の暗がりからただ彼を見つめていた。室内の明

かりはテーブルの端に置かれた小さなろうそくが放つ弱々しい光だけだが、ブラントンが

仕事のときと同じくきちんと服を着ているのはわかった。

 そのまま観察を続けていると、ブラントンはやにわに立ちあがって、かたわらの書き物

机に歩み寄り、抽斗ひきだしのひとつを鍵かぎで開けた。そして中から紙切れを一枚取り

だして椅子に戻り、それを机の端のろうそくの明かりを頼りに食い入るような目で読み始

めた。我が家の文書を勝手にじろじろ眺めるとはなんたることだ。ぼくは怒りにまかせて

一歩前へ踏みだした。するとブラントンが顔を上げ、戸口に立っているぼくに気づいた。

たちまち恐怖に青ざめて、はじかれたように立ちあがると、膝の上にのせて調べていた紙

を急いで胸ポケットに突っこんだ。

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