それでロバは育てられ大きくなり、耳は高くまっすぐ伸びました。朗らかな性格で、あちこち跳ねまわり遊びましたが、特に音楽が大好きでした。それで有名な音楽家のところに出かけて、「あなたのようにうまいリュートの弾き方を教えてください」と言いました。「まあ、ぼっちゃん」と音楽家は答えました。「君にはかなり難しいんじゃないかな、君の指はリュートにはあまり適していなくて、あまりにも大きすぎるから、弦がもたないと思うよ。」しかし、どんな口実も役に立ちませんでした。ロバはどうしてもリュートを弾くと言ってききませんでした。そうして辛抱強く熱心に練習したので、とうとう先生自身と同じくらいうまく弾けるようになりました。
あるとき、若い王子は考え事をしながら出歩いていて、泉に来ました。覗きこむと鏡のような水面に自分のロバの姿が見えました。それを見て王子はとても悲しくなり、広い世間に出て行き、ただ一人の忠実なお供だけ連れていきました。二人はあちこち旅をして、しまいには年とった王様が治めている国に入りました。王様にはただ一人の娘がいましたがとても美しい娘でした。ロバは、「ここにとどまることにしよう。」と言い、門をたたき、「ここに客が来てるぞ、門を開けて入れてくれたまえ」と言いました。
門を開けてくれないので、王子は座ってリュートを取り出し、二本の前足でとてもきれいに弾き始めました。すると、門番は目をみはって口をぽかんと開け、それから王様のところに走っていくと、「小さなロバが門の外にいて、名人のようにうまくリュートを弾いています。」と言いました。「それではその音楽家を中に入れよ。」と王様は言いました。しかしロバが入ってくると、みんなはそのリュート弾きを笑い出しました。
ロバは召使たちと一緒に座り食べるように言われると、嫌って、「僕は普通の家畜小屋にいるロバじゃありませんよ。僕は高貴なロバです。」と言いました。すると、みんなは「そういうことなら、兵士たちと一緒に座れ。」と言いました。「いいえ、僕は王様の隣に座ります。」王様は笑って機嫌よく、「よろしい、好きなようにするがよい、こっちへ来たまえ」と言いました。そのあと王様は、「ロバくん、娘をどう思うかね?」と尋ねました。ロバは娘の方に首を回し見て、頷き、「とてもおきれいです。お嬢さんほどきれいな方はお目にかかったことがありません。」と言いました。「そうか、じゃあ、娘の隣にも座るがよいぞ。」と王様は言いました。「それこそ望むところです。」とロバは言って、娘の隣に腰を下ろし、品よくきれいに作法を心得て、食べたり飲んだりしました。
王宮にしばらくとどまったあと、高貴な動物は(こうしていて何の役に立つというのか?やはり家に帰らないといけない)と思い、しょんぼりと頭をたれ、王様のところへ行って暇乞いを告げました。しかし王様は、ろばを好きになっていたので、「ロバくん、どうしたのかね?酢のつぼみたいに気難しい顔をしてるじゃないか、何でも望む物をやろう。金が欲しいのか?」と言いました。「いいえ」とロバは言って、首を振りました。「宝石や立派な服はどうだ?」「いいえ」「国を半分はどうだ?」「とんでもない」すると王様は言いました。「お前の気に入ることがわかればいいんだがなあ。わしのきれいな娘を妻にするのはどうだね?」「ええ、もちろん。」とロバは言いました。「是非お願いします」そして急にロバは元気に嬉しそうになりました。というのはそれこそロバが望んでいたことだったのです。
そうして盛大で華麗な結婚式があげられました。花嫁と花婿が寝室に案内された夕方に、王様はロバがりっぱに振る舞うか知りたくて、召使をそこに隠れさせました。二人が中に入ると花婿は戸にかんぬきをかけ周りを見回し、二人だけだと思ったので、ふいにロバの皮を脱ぎすて、ハンサムな王家の若者の姿で立ちました。「さあ」と若者は言いました。「君は僕の本当の姿を見たね。君にふさわしくないわけじゃないだろう?」すると花嫁は喜んで若者にキスし、心から愛しました。
朝が来ると、王子は跳び起きてまた動物の皮を着ました。それで皮の下にどんな姿が隠されているか誰もわからなかったでしょう。まもなく年とった王様がやってきました。「おや」と王様は叫びました。「ロバくんはもう起きてるのか。だけどお前はきっと悲しいだろうね、夫が普通の人間じゃないからな。」と娘に言いました。「そんなことないわ!お父様。私は世界で一番ハンサムな人のようにあの方を愛してるし、死ぬまで一緒にいるわ。」
王様は驚きました。しかし、隠れていた召使がやってきて、全てを明らかにしました。王様は、「本当か?そんなはずがない!」と言いました。「それでは今夜ご自身で見張ってください、するとご自分の目で確かめられます。それで、陛下、ロバの皮をとって火に投げ込めば、ロバは本当の姿を現すしかないでしょう」「よくぞ申した。」と王様は言いました。
その夜二人が眠っている間に王様は部屋に忍び込み、ベッドのところに行くと、月明かりで気高い顔の若者がそこにねているのが見えました。皮は床に広がっていました。そこで王様は皮をとって、外に大きな火をたかせ、皮をその中に投げ込んで燃え尽きて灰になるまで自分でそばにいました。
しかし、男が皮をとられてどうするか知りたかったので、一晩じゅう起きて寝ずの番をしました。若者は十分眠って朝の最初の光がさすと起きあがり、ロバの皮を着ようとしましたが見つかりませんでした。それで若者はびっくりし、悲しく不安になって、「もう逃げなくてはいけない。」と言いました。しかし、部屋の外へ出ると、王様が立っていて言いました。「息子よ、そんなに急いでどこへ行くのだ?何を考えておる?ここにいるのだ。お前はとてもハンサムな男だ。わしから去っていくな。もうお前に国の半分をやろう、わしが死んだあと国は全部お前のものになる。」「それでは、初め良ければ終わり良しですから、ここにいることにします。」と若者は言いました。
そうして王様は若者に国を半分与えましたが、一年経って王様が亡くなると国全体が若者のものとなりました。そして自分の父親が亡くなった後はもう一つの国も若者のものになり、栄えある生涯を送りました。