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クライマーズ・ハイ39

时间: 2018-10-19    进入日语论坛
核心提示:     39 写真部のドアは閉じていた。 報道カメラマンは概して気が荒いから、入室に気後れする若い記者も少なくない。ドア
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      39
 
 写真部のドアは閉じていた。
 報道カメラマンは概して気が荒いから、入室に気後れする若い記者も少なくない。ドアを押し開くと、足元に泥だらけの登山靴が何足も転がっていた。飛び越えるようにして中に入る。四、五人のカメラマンが煙草を手に溜まっていた。
「遠野はいるか」
 悠木は副部長の鈴本《すずもと》に声を掛けた。
「暗室ですが、間もなく──あ、出ましたよ」
 汗染みの浮いたTシャツの背中が見えた。後ろから肩を叩き、出てきたばかりの暗室に引き込んだ。
「点けていいな?」
「ええ、OKです」
 悠木は蛍光灯のスイッチを入れ、丸椅子に座った。現像液の臭いがツンと鼻を刺す。
「遠野、教えてくれ。暮坂部長と神沢の間に何があった?」
 遠野は、弱ったなあ、といった顔になってスポーツ刈りの頭をガリガリ掻いた。
「さっき鈴本さんに釘刺されちゃったんですよ。言いふらすな、って」
「俺からも言っておく。話が広まれば神沢はクビだ。相手はあの暮坂だ、わかるな?」
 遠野は深く頷いた。四年生カメラマンだから、去年まで編集にいた暮坂の人物評は承知している。
「遠野──」
 悠木は声量を上げた。旧式のクーラーと換気扇が競うように耳障りな音を立てている。
「俺はこれから暮坂の口を止めにいく」
 遠野は数秒、悠木の目を見つめた。
「わかりました。話します」
 二人は膝を詰めた。
「今朝、三人で登りました。だいぶ道が整備されたんで、二時間ほどで墜落現場に着きました。そこで三人バラバラになって現場を見て歩いてたんですが、しばらくして、暮坂部長が寄ってきて、部長のカメラで写真を撮ってくれって頼まれたんです」
「暮坂のカメラ……?」
「ええ。日付とか入れられる、インスタントのちゃっちいやつです」
 悠木は無言で話の先を促した。
「仕方ないんで撮ってやりました。部長が、あっちだ、こっちだと指示して、その通りに現場を撮ってたんです。で、そうこうするうち、部長が自分を撮ってくれって言いだして」
 悠木は胸騒ぎを覚えた。まさか──。
「言われた通り、JALの主翼をバックに撮りました」
 記念写真──。
「野郎……!」
 悠木が唸ると、これからが本題とばかりに遠野が尻を前にずらした。
「そんなに珍しいことじゃないんですよ。他社にもそういう馬鹿はいたし、ウチの応援組なんか、ピースサインで写真に収まった奴までいたんですから」
「本当なのか、その話」
「ええ。まるっきりの事実です」
 信じがたかった。五百二十人の人間が死んで間もない場所で記念写真など──。
 悠木は懸命に気を落ちつかせた。
「じゃあ、それで神沢が暮坂を殴ったわけじゃないんだな?」
「ええ。直接は違います。神沢は少し離れた場所で部長を睨み付けていました。五枚ほど撮った時、寄ってきて、もういいでしょう、と部長に小声で言いました。周りじゃ、警察や自衛隊がバケツリレーみたいにして部分遺体を搬出してるわけですからね。神沢が北関の腕章をつけた部長の行動に神経を尖らせていたのは確かです。けど、神沢に言われて部長が記念写真をやめたんで、その時はどうってことなかったんです」
「じゃあなぜだ?」
「見ちゃったからですよ」
 言った遠野の顔が強張った。
「何を見た?」
「俺も見ました──部長が、細かい機体の破片や断熱材の切れ端を拾ってポケットに入れているところをです」
 悠木は絶句した。
 暮坂は「土産」を持ち帰ろうとした──。
 いや、ことによると、それは広告スポンサーへの「手土産」なのかもしれなかった。
「それからどうした……?」
 悠木の声は掠れた。
「神沢は凄い勢いで部長に駆け寄って、機体の破片を持っていた手を蹴りつけました。ポケットの中身をその場で全部捨てさせて、それから部長の胸ぐらを掴んで木の陰に連れていったんです」
「………」
「殴りました。メチャクチャ殴りました。顔面や腹を」
 悠木は思わず目を閉じた。
「それで?」
「俺、とめたんですけど、手遅れっていうか、部長の顔はひどく腫れ上がって、歯が何本か折れてました。口の中も相当切ったと思います。だから出血がひどくて……」
 悠木は目を瞑《つむ》ったまま天井を仰いだ。
「神沢はどうした?」
「一人で山を下りました。俺はしばらくしてから部長を連れて下りて、車で前橋まで戻って病院に部長を落としてきました」
「車中、暮坂は何か言ってたか」
「一言も。口にタオルを押し当ててましたから。助手席のシートを倒して、ずっと前を睨んでいました」
 悠木は立ち上がった。
「病院はどこだ?」
「森総合病院です。土曜でも夕方まで受け付けるし、あそこは口腔外科がありますから」
「何時に落とした?」
「えーと、一時間ぐらい前です」
「混んでたか」
「駐車場は満杯でした」
「じゃあまだ、暮坂は病院にいるな」
「かもしれません」
 ドアがノックされた。
「ちょっと待て!」
 ドアに向かって言い、悠木は遠野に顔を戻した。
「部長のフィルムは?」
「俺が預かってます」
「焼きを頼まれてるのか」
「いえ。あんなことになったんで」
「頼まれても焼くなよ」
「もちろんです」
 遠野は気色ばんだ。
「俺だってホントは殴りたかった。女房の腹に赤ん坊がいなけりゃ、やってましたよ」
 悠木は無言で頷いた。
 遠野は心配そうに眉を顰《しか》めた。
「神沢はどうなります……?」
 返事をせずに暗室を出た。
 階段を駆け降りた。通用口から社を出て、駐車場へ急いだ。
 気休めの返事などできなかった。神沢を守るのは難しい。いや、おそらく神沢だけの問題では済まなくなる。暮坂は専務派に籠絡《ろうらく》されていると見て間違いない。ならば、また飯倉専務が乗り出してくる。編集が「暴力記者」を飼っているという話は、編集幹部を狼狽させ、専務派が囲い込みを進めている社外重役たちの耳にも吹き込まれるだろう。
 そうなれば神沢は辞めるしかなくなる。専務派が騒ぐからではなく、事態を鎮めようと編集が神沢を切る。
 悠木は唇を噛んだ。車に乗り込み、アクセルを強く踏み込んだ。暴行に及んだ理由を知ってみて、なおさらのこと、神沢という男への関心と情が増していた。遠野と気持ちは寸分違わない。その場にいたら悠木も拳を固く握ったろう。
 いずれにせよ、暮坂を早急につかまえ、上に話さぬよう説得するよりほかに道はなかった。無駄な足掻《あが》き。わかってはいても、悠木は車の速度を落とす気になれなかった。
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