一
太鼓櫓《たいこやぐら》の棟木《むなぎ》の陰へ、すいすいと吸いこまれるように、蜂《はち》がかくれてゆく、またぶーんと飛び出してゆくのもある。
ここの太鼓もずいぶん久しい年代を経《へ》ているらしい。鋲《びよう》の一粒一粒が赤く錆《さ》びているのでもわかる。四方の太柱《ふとばしら》でさえ風化《ふうか》して、老人の筋骨のように、あらあらと木目のすじが露出《ろしゆつ》している。要するに、この御着《ごちやく》の城と同時に建った物であることは疑いもない。
「……あ、蜂の巣か」
官兵衛《かんべえ》は眼をさました。とたんに自分の襟《えり》くびをつよくたたいて、廂《ひさし》の裏を赤い眼で見あげた。
ゆうべから彼は寝ていない。一睡《いつすい》のひまを偸《ぬす》むこともできなかったのである。そこでさっきから独りここへ逃避《とうひ》して、柱の下に背を凭《もた》せかけたまま、よいこころもちで居眠っていたのであった。
本丸の方からは見えないし、夏の陽《ひ》ざしもぐあいよく四囲の青葉が遮《さえぎ》ってくれている。それに城内でもここの位置は最も高いので、中国山脈の脊梁《せきりよう》から吹いてくるそよ風が鬢《びん》の毛《け》や、懐《ふところ》を弄《なぶ》って、一刻の午睡《ひるね》をむさぼるには寔《まこと》に絶好な場所だった。
「これはいかん、だいぶ食われた。……蜂までがおれを寝かさんな」
官兵衛はひとり苦笑して、襟くびや瞼《まぶた》をしきりに手でこすっていた。
為に、眠った間はほんのわずかであったが、それでも、大きな欠伸《あくび》を一つ放つと共に、夜来の疲れは頭から一洗《いつせん》されていた。そしてまた今夜も寝ずに頑張らなければならないと、ひそかに考えていた。
しかし彼は容易にそこから起《た》たなかった。袴《はかま》の膝《ひざ》を抱いたまま、柱に凭《よ》って、ぽかんと屋根裏を仰いでいた。蜂の巣を中心に、蜂の世界にも戦争が行われているらしいのである。偵察蜂《ていさつばち》が出て行ったり、突撃蜂を撃退したりしている。官兵衛は見飽《みあ》かない顔をしていた。けれど頭のなかではまったくべつなことを思案していたかも知れなかった。
するとやがて二人の家中《かちゆう》が上がって来た。侍小頭《さむらいこがしら》の室木《むろき》斎八と今津《いまづ》源太夫のふたりだった。官兵衛のすがたをここに見出すと、ふたりとも意外な容子《ようす》を声にまであらわして告げた。
「や、ご家老には、こんな所へ来ておいで遊ばしたか。いやもう、彼方ではたいへんな騒ぎです。きっとご立腹の余り姫路へ帰ってしまったにちがいないという者もあるし、いやいや、殿に無断で立退くほど非常識なお人ではない、まだどこかにいるだろう、などと諸所を探しまわるやら、城外まで人を見に出すやらで……」
「ははは。そうか。そんなに探しておったか」
まるで人事《ひとごと》のような官兵衛の顔つきだった。そんな問題よりは、蜂に食われた瞼のほうが重大らしく、眉と眼のあいだを、しきりと指の腹で掻《か》いていた。