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平の将門58

时间: 2018-11-24    进入日语论坛
核心提示:むかしなじみ 郷土は祭り好きである。猿島も葛飾も、筑波や結城も、この豊田郡も、何かといえば祭りだった。 館の御子が、太政
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 むかしなじみ
 
 
 郷土は祭り好きである。猿島も葛飾も、筑波や結城も、この豊田郡も、何かといえば祭りだった。
 館の御子が、太政官下文をいただき、御厨の職をうけられたと聞き、五風十雨《ごふうじゆうう》の喜憂と共に、土着民はすぐ、産土神《うぶすながみ》に集まった。原始的な楽器や仮面を持ちだし、二十五座の神楽を奏し、家々でも餅をつき、黒酒を酌んで歌った。夜は夜で、万燈を一時に消した境内で歌垣の集いをなし、乙女らも、人妻も、胸とどろく暗闇に、男の手を待ち合った。よその良人と、よその人妻と。知らぬ若人と、知らぬ娘と。どう睦《むつ》み戯れても、祭の庭では、人もゆるし神もゆるし、罪とはしないその頃の習俗であった。太古、この辺の密林に、巨獣が吼えていた頃の人間の遺習を、忘れぬままに、なおしているだけのことだった。そしてそれが無上の楽しみで、都の空も、土にたらす汗も、汗行も思わない土民たちであった。
「じゃあ、将門。自重してくれ。——陸奥《みちのく》の帰りには、また、きっと寄る。冬を越えて、来年になるだろうが、必ず、立寄るから」
 この晩。
 不死人は急に、別れを告げた。
 東北の奥地——まだ蝦夷《え ぞ》人種の勢力が多分に強い——平泉あたりまで、行くのだという。
 目的は金。事を挙《あ》げるには金だ。砂金《か ね》を手に入れて来るというのだ。将門には、地理的な知識もない。眼を瞠《みは》って聞くばかりである
(——盗みにでも行くのか)
 よほど、訊いてみたかった。——が、そこまではいえないでいると、顔いろだけで、不死人は、将門の心を読み取ったように、笑い出した。
「都の怪盗も、都を追われてからは、木から落ちた猿だ。田舎は、おれに働きにくい。変現出没のきかない所だ。将門《まさかど》、ヘンな顔をするなよ。盗みに行くわけではなく、立派に物代《ものしろ》を携えて、砂金と、交易して来るつもりだ」
「それならよかろうが、しかし、物代は」
「物代は、よその館に置いてある。当ててみろ。何だか」
「分るものか。ひとの館にある物などが」
「ところが、和主は、見ているはずだ」
「おれが。はてな」
「羽鳥《はとり》の良兼の館に、きれいなのがいたろう。都ぶりの、すこし年はとっているが、二十五、六の女が」
「え。……玉虫か」
「そうだ。いつかの年、大勢して、純友や、紀秋茂《きのあきしげ》や、津時成《つのときなり》などが、伊予に帰るのを、江口の遊里《さ と》まで、送って行ったことがある。和主も一しょによ」
「ある。あるが……玉虫とその事と、何の関りがあるのか」
「打ちあけるが、彼女《あ れ》はおれの馴じみだった。純友と共に一夜騒いだ家とは、べつな遊宿の女だが、常平太貞盛《じようへいたさだもり》は、よく通っていた。その貞盛が、ある折、上洛した良兼を案内したのが縁で、東国へ身を引かされて行った。それが羽鳥に囲われている玉虫だ」
 信じられない。彼のいうが如き女性とは将門に、思えないのだ。高貴な、そして優しい親切な女性であった気がする。少なくとも彼の印象と感銘ではそうである。
「いずれ、わかる。とにかく、来年また訪れよう。おさらば……」
 夜というのに、彼は、豊田を立って行った。馬の背を借るでもなく、どこへ泊るつもりかと、曠野に育った将門ですら、彼の棲息の仕方には、驚きを覚えた。梟《ふくろ》のように、暗闇と、同化しきっている。むかし、祇園の森の暗がりに、いつも一つの焚火をたいて、怪しい同類をまわりにおいていた彼の存在が思い出された。また、忠平《ただひら》左大臣を裸にし、愛人の紫陽花《あじさい》の君を盗み出して、幾日も、どこかに隠しておき、色も褪せるほどにして、また、大臣《おとど》の閨《ねや》へ返してやったことなどもある。凄い男というほかはない。果たして、来年また来るかどうか。将門は、何しろ、その珍客を送り出して、ほっとしたような心地だった。
 ところが、半月ほどたつと、いやな噂が、耳にはいった。
 常陸の下妻《しもづま》まで用達に行った梨丸が、先頃の礼に、野霜の具足師、伏見掾の家へ寄ったところ、そこでも噂に出たし、ほかでも、聞いたというのである。
 ——というのは、良兼の寵愛しておかない局《つぼね》の玉虫が、忽然と、羽鳥の館から姿を消した。手分けをして探したが、皆目知れない。その結果、
(これはてっきり、将門の許へ、逃げて行ったにちがいない。怪しむに充分な理由はある)
 と、羽鳥の人々が、いい触れたのが動機で、またその憶測《おくそく》に、尾ヒレがつき、
(事もあろうに、豊田の御子は、叔父御の愛妾を、横奪りなされた)
 と、もっぱら、遠方《お ち》此方《こ ち》で、取沙汰されているというのだった。
 野霜の具足師の家へ来て、それを将門の行為ときめ、人非人だと罵ったのは、源護《みなもとのまもる》の嫡子の扶《たすく》であることも、梨丸は聞いていた。その通りを、将門に告げた後、梨丸は、なおいった。
「そんな、ばかな事はない。まるで、嘘ッぱちだ。羽鳥の奴らが、それほど疑うなら、なぜ豊田の館へ見に来ないか。見にも来ないで、何をいうか。——と、私は思うさま、野霜の家で、怒鳴ってやりました。が、そこの翁や媼も、そうであろ、そうであろと、共々怒っておりました。お娘御の、桔梗さまも泣いていました。……残念です。この間も、無念でしたが、きょうは、それにもまさる口惜し涙をのんで帰りました」
 将門は、黙然と聞いているだけだった。
 ——余り気にもかけないのかと、梨丸は、木像のような主人をふと見上げた。怒気とも、泣き顔ともつかない面色が、そこにあった。梨丸は、後悔して、口をとじた。そして涙を抑えながら、主人の前に俯向《うつむ》くと、木像の両眼からも、たらたらと、二すじの涙が垂れた。
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