公孫丑「なるほど。つまり、伯夷と伊尹と孔子は同程度の聖人だというわけですか。」
孟子「いや!人類発生このかた、孔子のような人は出たことがない。」
公孫丑「聖人として三人に共通したところはあるのですか?」
孟子「ある。百里(約40km)四方の地を与えて君主としたならば、彼らはみなそれだけで諸侯を来朝させ、天下を保有することになろう。だが、たった一つの不義でも行い、たった一人の無辜の民でも殺して天下を得るようなことは、彼らはみな行わないであろう。これが、三人に共通した点だ。」
公孫丑「あえて質問します。孔子と他の二人の異なる点は?」
孟子「宰我・子貢・有若(ゆうじゃく)は、みな聖人とは何かを知ることのできる智者であった。彼らは人を賞賛することはあっても、誉める人におもねってヨイショするような人物では決してない。その宰我が言うには、
それがしが先生を見るに、先生は尭舜よりはるかに優っておられる!
と。子貢は儀礼を見ればその国の政治を理解することができ、音楽を聴けばその国の徳を理解することができた。百世後に生きながら、百世前の王の政治と徳を推測してまちがいがなかった。その子貢が言うには、
人類発生このかた、先生のような人は出たことがない!
と。有若などは、
人間以外の例も考えてみよう。地を駆ける獣の長といえば、麒麟(きりん)。空を飛ぶ鳥の長といえば、鳳凰。丘や蟻塚の長といえば、泰山。水たまりの長といえば、黄河に渤海。これらはみな同類の中から抜きん出たものだ。聖人もまた、人類の中から抜きん出たものだ。だが人類より出て、人類より抜きん出たこと、いまだ孔子より上回った者は人類発生このかたいない!
と言ったものだ。」