さて時計がおくれていたために、緊急停電が意外にはやくやって来たので、みんなまご
ついたらしく、一同がこの部屋へあつまるまでにはかなり時間をくった。
金田一耕助が 子や菊江、さては一歩おくれてきた美禰子とともに、この部屋へついたと
きには、部屋のなかには玉虫もと伯爵と老女の信乃、それから利彦の妻の華子の三人が、
手持ち無ぶ沙さ汰たそうに控えているきりだった。
耕助たちより少しおくれて、目賀博士が無作法にも、ズボンのボタンをはめながら、例
のガニ股またでよたよたと入ってきた。
「やあ、どうもどうも。まだ時間があると思うたで、手洗いへいっとったら、急に電気が
消えてすっかりまごついた。どうも怪けしからんこっちゃ」
目賀博士はぶつくさいいながら、自分の席のほうへよたよたと歩いていったが、誰もそ
れに対して笑うものもなければ、合あい槌づちを打つものもなかった。みんなスフィンク
スのように押しだまっていた。
目賀博士より一歩おくれて、一彦と三島東太郎がほとんど同時についた。一彦はだまっ
て母のそばへいったが、東太郎は時計のおくれていたことを、ぶつくさいいながらホー
ム・ライトをどしんと床へおいた。いまついているホーム・ライトの充電が切れた場合、
予備につかうつもりらしい。
「先生、お種さんにきいたら、今日充電しといたホーム・ライトは、どっちだか忘れたと
いうんですよ。だからこれ……」
と、天井に取りつけてあるホーム・ライトの笠かさを見上げながら、
「途中で、消えるかも知れないのですが、どうしましょう」
「まあ、ええがな。消えたら消えたときのことにしよ。ところで、これでみんなお揃そろ
いかな」
「いえ、あの、たくがまだ……」
そういったのは華子だった。
「ああ、新宮さんがまだじゃな。あのひとはいつでもおそいな。さすがはお殿様だけあっ
て、おっとりしてござる。けっけっけ!」
蟇がま仙人が蟇みたいな声をあげて笑っているとき、新宮利彦がぶすっと不機嫌な顔を
して入ってきた。蟇仙人はけろりとして、顔をさかさに撫なであげている。
これですっかり揃ったわけである。
一同が全部揃うと、しばらくゴタゴタしたのち、さっきいったような順序に席がきまっ
たのだが、すると三島東太郎が立って、観音びらきのドアをしめ、なかから黒いカーテン
をひいた。
これで十一人が、黒いカーテンの箱のなかに、すっかり閉じこめられたわけである。そ
して、そこに、間もなく、あの奇妙な砂占いがはじめられたのだが、そのことについて
は、出来るだけ簡単に述べることにしよう。
最初、まず蟇仙人の目賀博士が立って、何仙の像に礼拝すると、ひくい声で、祝詞のり
とのようなものを唱えはじめた。それは梵ぼん語ごとも支那語ともえたいの知れぬ、怪し
げなお経のようなものだったが、そのなかにたびたび何仙という言葉が出るところを見る
と、おそらくその霊をこの席に呼び出しているのであろう。かくべつよい声というのでは
なかったけれど、馴なれていると見えて、堂に入っているので、しぜんとひとの心をひき
つける。おそらくそれは列席者の、精神集中をたすける役目をもなすのであろう。
そのあいだ、ひとびとは両手をそろえて円卓のまえにおき、目を半眼に閉じて、めいめ
い自分の前方を視みつめている。金田一耕助もそれにならった。