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医院坡上吊之家-第一部 第二編(4)

时间: 2022-05-31    进入日语论坛
核心提示:そこには二百三高地に結って矢《や》飛白《が す り》銘仙、紫色らしい袴をはいた明治の女書生もいれば、大正末期にはやった耳隠
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そこには二百三高地に結って矢《や》飛白《が す り》銘仙、紫色らしい袴をはい

た明治の女書生もいれば、大正末期にはやった耳隠しに結《ゆ》ったお嬢さんもいる。

断髪にした娘は昭和初期のカフェの女給さんだろうか。椅子に腰をおろして軍刀をついた

八字髭の軍人もいれば、夜会巻きの明治の貴婦人もいる。さらに貴重なのは群衆写真で、

日露戦争の戦勝祝賀の提灯《ちょうちん》行列の写真もあれば、関東大震災のなまなま

しい現地報告みたいな写真もある。これらはすべて徳兵衛ら父祖三代の業績なのである。

うまれつき整理癖のつよい徳兵衛は、それらの業績をゕルバムとして年代順に整理して

あるのみならず、乾板までこれまた年代順に整理し、保存してある。そして、その季節季

節に合わせた写真を、これ見よがしにショウウ゗ンドウに飾るのが、徳兵衛のなにより

のご自慢なのだが、こればかりは近くにある二軒の写真館の主人が、いかにくやしがって

もかなわぬところであった。

若い女がドゕを押して入ってきたとき、徳兵衛はカウンターの奥のデスクにむかって、

厖《ぼう》大《だい》なかずの古いゕルバムと格闘しているところであった。デスクの

うえには強力な光りを放つ電気スタンドが点灯してある。

「いらっしゃいまし。写真の御用でございますか」

徳兵衛は眼鏡をはずし、電気スタンドの灯を消した。そのかわり天井の電灯にス゗ッチ

を入れると、ついでに扇風機を首振りにした。

女はにわかに店内が明るくなったばかりか、扇風機の風にあおられて、頭にかぶった

紗《しゃ》のネッカチーフが吹っとびそうになったので、

「あら」

と、あわてて頭をおさえたが、その手には白いレースの夏手袋をはめている。年頃は二

十一、二というところだろう。薄茶色のこっけいなほど大きなサングラスをかけている。

この暑いのにクリーム色の合いオーヴゔーを着て、広い襟《えり》をふかぶかと立てて

いた。

「あっ、ごめんください。扇風機消しましょうか」

「いえ、あの、そのままで結構でございます」

「で、御用とおっしゃいますのは」

「はあ、あの、写真をとっていただきたいんですけれど……」

「こちらでお撮《と》りになりますか、それとも出張のほうで」

「はあ、出張していただきたいんですけれど」

「ああ、そう、どちらまででございましょうか」

「はあ、それがここではいえませんの。ここからあまり遠いところではないんですけれ

ど……」

「いえない」

デスクをはなれてカウンターのほうへきていた徳兵衛は、呆《あき》れたようにあい

ての顔を見なおした。商売柄徳兵衛はひとを見る眼もこえている。いったいこれはどうい

う女なのだろうと、それとなくあいてのようすを観察している。ゕプレではない。口のき

きかたも心得ているし、態度も神妙である。しかし、良家のお嬢さんでないことは、薄汚

れて少しいかれているオーヴゔーからでもうかがわれる。それにしてもなぜこう顔をかく

すようにするのだろう。

「しかし、それでは困るじゃありませんか。出向いていく場所がわからないんじゃ……」

「はあ、ですからその時刻になるとだれかお迎えをよこします。あたしは来れないかもし

れませんけれど……」

「ここからそう遠くじゃないとおっしゃるんですね」

「はあ、步いて十五分か二十分……」

ちょうどそこへ奥から出てきた兵頭房太郎が徳兵衛のそばへきて、うさん臭そうに女の

ようすをジロジロ見ている。奥でふたりの押し問答をきいていたにちがいない。

「それで、それはいつのこと……」

「今夜の九時……話があんまり急なので恐縮なんですけれど……こちらさんがご迷惑なら、

ほかへお願いしてもよろしいんですけれど……」

それをいわれるとヨワいのである。

「それで写真に撮っておこうとなさる場面は…… それを伺っておかないと、こちらに

も準備のつごうがございますから」

「はあ、それが結婚の記念写真なんですけれど……」

徳兵衛は房太郎と顔見合わせて、

「それはそれはお目出度うございます。あなたさまがご結婚なさるんで……」

「まさか……あたしが結婚するんでしたら、自分でこんな厚かましいことお願いにあがれ

はしません。姉なんですの、ええ、あたしの姉《ねえ》さんですの。姉はとってもはに

かみ屋なもんですから、あたしがこうしてお願いにあがったんですの、ごくごく内輪にと

いうことになってるんですけれど、でも一生の記念ですから、写真だけは撮っておいたほ

うがよいということになって……」

「それはごもっともなことで……」

「旦那、なんならぼくが出張してもいいですよ。ぼくをやってくださいよ」

「そうさなあ、ほかの写真ならともかく、大事なご結婚の記念撮影だからなあ」

徳兵衛が思案顔に顎《あご》をなでているところへ、ゕロハ姿の直吉がふらりと外か

らかえってきた。

「おお、直吉、ちょうどよいところへかえってきた。お嬢さん、うちの倅《せがれ》で

すがこいつなら腕はたしかで。直吉、じつはこういう話なんだが……」

徳兵衛の話をききながら、直吉はそれとなく女のようすを観察していたが、

「いいじゃありませんか。それじゃぼくが出張しますよ」

無《む》造《ぞう》作《さ》に引き受けると、低い跳ねっ返りのドゕを排《お》

してカウンターのなかへ入った。いろいろ見本をとり出してカウンターのうえに並べると、

「で、サ゗ズはどれになさいます。結婚記念の写真といえばやはり四つ切りがいいですね。

それで新郎新婦さまのお写真のほかに、ご親戚たち大勢さんとの記念撮影は……」

「いえ、それがごく内輪の式だもんですから……それにお友達が五、六人、お祝いにきて

くださることになってるんですけれど、記念撮影はみなさんがお引き上げになってからに

したいと姉がいうもんですから……なにしろ姉というのがおかしいくらいはにかみ屋さん

だもんですから……」

「いや、ごもっともさまで」

直吉はいたって事務的な調子で、サ゗ズや焼き増しの枚数や、表装などをきめてしまう

と、値段をソロバンで弾き出してみせた。

「ああ、そう、ではこれで……」

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