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灰神楽(2)

时间: 2023-10-07    进入日语论坛
核心提示: やっとしてから、二郎の突拍子とっぴょうしもない大声が、庄太郎を飛上らせた。そして、彼はそのまま、二階の方など見向きもし
(单词翻译:双击或拖选)
 やっとしてから、二郎の突拍子とっぴょうしもない大声が、庄太郎を飛上らせた。そして、彼はそのまま、二階の方など見向きもしないで、外の広っぱへと駈け出して行く様子であった。
「あいつは、きっと知っているのだ。この部屋で何かがあったことを知っているのだ。それをわざとそ知らぬ振りで、ボールを探す様な顔をして、その実は二階の様子をうかがいに来たのだ」
 庄太郎はふとそんな事を考えた。
「だが、あいつは、仮令たとい銃声をうたぐったとしても、俺がこのうちへ来ていることは知る筈がない。あいつは、俺が来る以前から、あすこで遊んでいたのだ。この部屋の様子は、広っぱの方からは、杉の木立が邪魔じゃまになってよくは見えないし、たとえ見えたところで、遠方のことだから、俺の顔まで見別みわけられる筈はない」
 彼は一方では、そんな風にも考えた。そして、その疑いを確めるために、障子から半面を出して、広っぱの方を覗いて見た。そこには、木立の隙間すきまから、バットを振り振り走って行く、二郎の後姿うしろすがたが眺められた。彼は元の位置に帰るとすぐ、何事もなかった様に打球の遊戯を始めるのであった。
「大丈夫、大丈夫、あいつはにも知らないのだ」
 庄太郎は、さっきのおろか邪推じゃすいを笑うどころではなく、いて自分自身を安心させる様に、大丈夫、大丈夫と繰返くりかえした。
 併し、もうぐずぐずしてはいられない。第二の難関が待っているのだ。彼が無事に門の外へ出るまでに、使いに出された婆やが帰って来るか、それとも他の来客とぶっつかるか、そんなことがないと、どうして断言出来よう。彼は今更そこへ気がついた様に、あわてふためいて階段をかけおりた。途中で足が云う事を聞かなくなって、ひどい音を立ててすべり落ちたけれど、彼はそんなことをほとんど意識しなかった。そして、まるで態との様に、玄関の格子こうしをガタピシ云わせて、やっとのことで門の所までたどることが出来た。
 が、門を出ようとして、彼はハッと立止った。ある重大な手抜てぬかりに気づいたのだ。あの様な際に、よくもそこまで考え廻すことが出来たと、彼はあとになって屡々しばしば不思議に思った。
 彼は日頃、新聞の三面記事などで、指紋しもんというものの重大さを学んでいた。寧ろ実際以上に誇張して考えていた程である。今まで握っていたあの拳銃ピストルには、彼の指紋が残っているに相違ない。他の万事が好都合に運んでも、あの指紋たった一つによって、犯罪が露顕ろけんするのだ。そう思うと、彼はどうしても、そのまま立去ることは出来なかった。もう一度二階へ戻るというのは、その際の彼に取って、殆ど不可能に近い事柄ことがらではあったけれど、彼は死にもの狂いの気力をふるって、更に家の中へ取って返した。両足が義足の様にしびれて、歩く度毎たびごとに、膝頭ひざがしらがガクリガクリと折れた。
 どうして二階へ上ったか、どうして拳銃ピストルを拭き清めたか、それからどうして門前へ出て来たか、後で考えると、少しも記憶に残っていなかった。
 門の外には幸い人通りがなかった。その辺は郊外のことで、住宅といっては、庭の広い一軒家がまばらに建っているばかりで、昼間でも往来は途絶とだちなのだ。殆ど思考力を失った庄太郎は、その田舎いなか道をフラフラと歩いて行った。早く、早く、早くという声が、時計のセコンドの様に、絶え間なく耳許みみもとに聞えていた。それにもかかわらず、彼の歩調は一向いっこう早くなかった。外見そとみは、暢気な郊外散歩者とも見えたであろう。その実、彼はまるで夢遊病者の様に、今歩いているということすら、殆ど意識していないのであった。

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