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灰神楽(3)

时间: 2023-10-07    进入日语论坛
核心提示:二 どうして拳銃(ピストル)を打つ様なことになったのか、時のはずみとは云え、余りに意外な出来事であった。庄太郎は、彼自身が
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 どうして拳銃(ピストル)を打つ様なことになったのか、時のはずみとは云え、余りに意外な出来事であった。庄太郎は、彼自身が恐しい人殺しだなどとは、まるで(うそ)の様な話で、殆ど信じ兼ねる程であった。
 庄太郎と奥村一郎とが、一人の女性を中心に、烈しい反感を抱き合っていたことは事実である。その感情が(たがい)反撥(はんぱつ)して、加速度に高まりつつあったことも事実である。そして、折につけ、つまらない外の議論が、二人を異常に興奮せしめた。彼等は双方(とも)決して問題の中心に触れ様とはしなかった。その代りに、問題外の()些細(ささい)な事柄が、いつも議論の対象となり、殆ど狂的にまでいがみ合うのであった。
 その上、一層いけないのは、庄太郎に取っては一郎がある意味のパトロンであったことだ。貧乏()かきの庄太郎は、一郎の補助なしには生きて行くことが出来なかった。彼は、云い(がた)き不快を(おさ)えて、屡々恋敵(こいがたき)の門をくぐることを余儀なくされた。
 今度の事件も、事の起りはやはり(それ)であった。その時、一郎はいつになくキッパリと、庄太郎の借金の申込みを拒絶した。このあからさまな敵意に逢って、庄太郎はカッとのぼせ上った。恋敵の前に頭を下げて、物乞(ものご)いをしている自分自身が、此上(このうえ)もなくみじめに見えた。それと同時に、その心持を十分知っていながら、自己の有利な立場を利用して、あらぬ所に敵意を見せる相手が、ジリジリする程(しゃく)に触った。一郎の方では、何も借金の申込に応ずる義理はないと云い張った。庄太郎の方では、これまでパトロンの様に振舞って置きながら、そして暗黙の内に物質的援助を予期させて置きながら、今更金が貸せないと云われては困ると主張した。
 争いは段々烈しくなって行った。問題が焦点をそれていることが、その代りに、野卑(やひ)な金銭上の事柄にまで、こうしていがみ合わなければならぬと云う意識が、一層二人を耐らなくした。併し、若しその時、一郎の机の上にあの拳銃(ピストル)が出ていなかったら、まさかこんなことにもならなかったであろうが、悪いことには、一郎は日頃から銃器類に興味を持っていて、丁度当時、その附近に屡々強盗沙汰(ざた)があったものだから、護身の意味で弾丸まで込めて、机の上に置いていたのである。それを庄太郎が手に取って、つい相手を撃ち殺して了ったのだ。
 それにしても、どうしてあの拳銃(ピストル)を取ったか、そして、引金に指をかけたか、庄太郎にはそのきっかけが、少しも思い出せないのだった。ふだんの庄太郎であったら、如何(いか)に口論をすればとて、相手を撃ち殺そうなどとは、考えさえもしなかったであろう。時のはずみと云うか、魔がさしたというか、殆ど常識では判断も出来ない様な事件である。
 だが、庄太郎が人殺しだということは、最早(もはや)どうすることも出来ない事実であった。この上はいさぎよく自首して出るか、それとも、あくまでそ知らぬ振りをしているか、二つの方法しかない。そして、庄太郎はその(いず)れの道を採ったか、彼は、読者も(すで)に推察された様に、云うまでもなく後者を選んだのである。これが若し、彼が犯人だと知れる様な証拠が、少しでも残っているのだったら、まさか彼とてもそんな野望を抱きはしなかったであろう。だが、そこには何の証拠もないのだ。指紋すらも残ってはいないのだ。彼は下宿に帰ってから、一晩中そのことばかりを、繰返し繰返し考え続けた。そして、結局、あくまでもそ知らぬ(てい)を装うことに決心した。
 うまく行けば、一郎は自殺したものと判断されるかも知れない。仮りに一歩を譲って、他殺の疑いがかかったとしても、何を証拠に庄太郎を犯人だと極めることが出来るのだ。現場には何の証跡も残ってはいない。そればかりか、その時分庄太郎が一郎の部屋にいたということをすら、誰も知らないではないか。
「ナアニ、心配することがあるものか。俺はいつでも運がいいのだ。これまでとても、犯罪に近い悪事を、屡々やっているではないか、そして、それが少しも発覚しなかったではないか」
 やがて彼は、そんな気安めを考え得る程になっていた。そうして一安心すると、そこへ、人殺しとはまるで違った、はなやかな人生が浮き上って来た。考えて見れば、彼はあの殺人によって、(はか)らずも、二人で争っていた恋人を独占した(わけ)であった。社会的地位と物質との為に、いくらか一郎の方へ傾いていた彼女も、最早その対象を失ったのである。
「オオ、俺は何という幸運児であろう」
 夜、寝床の中では、昼間とは打って変って楽天的になる庄太郎であった。彼は煎餅蒲団(せんべいぶとん)にくるまって、天井の節穴を眺めながら、恋しい人の上を思った。何とも形容の出来ない、はなやかな色彩と、快い(かおり)と、柔かな音響が彼の心を占めた。

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