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湖畔亭事件(10)

时间: 2021-10-19    进入日语论坛
核心提示:十 翌朝、夜があけて、階下が騒がしくなると、私はやっと少しばかり元気づいて、顔でも洗ったら気が変るかも知れないと、タオル
(单词翻译:双击或拖选)


 翌朝、夜があけて、階下が騒がしくなると、私はやっと少しばかり元気づいて、顔でも洗ったら気が変るかも知れないと、タオルを持って階段を()り、洗面所へ行きました。それが丁度例の浴場の(そば)にあるので、もう一度朝の光で脱衣場を検べて見ましたが、やっぱり何の変ったこともありません。
 洗面を済せて部屋に帰ると、私は湖水に面した障子をあけて、腹一ぱいに朝の空気を吸い込みました。何という晴々とした景色でしょう。見渡す限りの湖面には、縮緬(ちりめん)の様な小波(さざなみ)が立って、山の()を上った日光が、チカチカと白く反射しています。背景には、日蔭の山肌が、壮大な陰影をたたんで、その黒と、湖面の銀と、そして山と湖との境に流れる、一抹(いちまつ)朝霞(あさがすみ)。長い滞在の間にも、朝寝坊の私は、珍しくそんな景色を見たのでした。その景色に比べては、私の夜来の恐怖が何とむさくろしく見えたことでありましょう。
「お早いのでございますね」
 うしろに、(ひや)かす様な女の声がして、そこへ朝のお(ぜん)が運ばれました。一向食慾などありませんでしたが、兎も角私はお膳につきました。そして、(はし)を取りながら、ふと、もう一度昨夜のことを確めて見る気になったのです。朝のはれやかな空気が、私の口をいくらか快活にしました。
「君は知らなかったかい。昨夜(ゆうべ)湯殿の方で、変な叫声がした様に思ったが、何かあったのじゃないかい」
 私はさも剽軽(ひょうきん)な調子で、こんな風に初めました。そして様々に問い試みたのですが、女中は何事も知らないのです。客の内には無論怪我人(けがにん)などなく、附近の村人にも、そんな噂を聞かないというのです。あの手負いが、今まで人に気づかれぬはずはありませんから、その噂が耳ざとい女中達に(つたわ)っていないとすると、昨夜の事は、いよいよ一場(いちじょう)悪夢に過ぎなかったのかも知れません。私は更に自分自身の神経を心配しなければなりませんでした。
 それから暫くして今更寝る訳にも行かず、部屋に坐ったままうつうつと物思いに耽っていた私の前に、一人の訪問者が現れました。それは先程一寸記した、面識の青年で、やはり同じ宿に泊っている河野(こうの)という男でしたが、これがこの物語の主人公ともいうべき人物なのですから、ここに少しく彼のことを説明して置かねばなりません。
 私は彼とは、浴場の中だとか、湖の(ほとり)だとかで、二三度あったのに過ぎませんが、彼も又私の様に、どちらかといえば憂鬱な方らしく、いつの時もボンヤリと一つ所を見つめているのを見かけました。ふとしたことから話し合って見たのですが、お互の性格にはどっか似通った所がありました。人に混ってお(しゃべ)りするよりは、一人で物思いに沈んでいる、或いは書物などを読み耽っている。私は彼のそんな所に、何となく好意を感じました。しかし、彼は私の様ないわばニヒリストではなく、人間相互の関係について、何かの理想を抱いている様に見えました。そしてそれは決してひとりよがりなユートピアを夢みているのではなくて、もっと着実な、(従って社会的には危険な)実行的なものの様に思われました。兎も角変り者に相違ないのです。
 彼は又、職業や物質の方面でも、私とは大分違っていました。彼の専門は洋画家で、風采などから考えても決して富裕な階級に属する人ではなく、彼の口ぶりでは、画を(うり)ながら、こうして旅行をしているらしい様子です。宿の部屋なども、彼のは廊下の隅っこの一番不便な場所があてがわれてありました。何が引つけるのか、彼はこれまで屡々このH山中へやって来たらしく、その辺の事情にはよく通じていました。今度も麓のY町に暫くいて、私の少し前に湖畔亭に来たということでした。そうして旅をしながら、彼は諸国の人情風俗を調べている様子で、様々の珍しい事柄を知っていました。旅の暇には、彼は(たずさ)えている書物に読み耽るらしく、手垢(てあか)で黒くなった四五冊のむずかしい書物が、いつも彼の座右(ざう)にあるのでした。
 いや、これでは少しお話が堅くなり過ぎた様です。河野の紹介はこれ位に(とど)めて、さて彼がその朝私の部屋を訪ねた所へ立ち帰ることに致しましょう。
 彼は私の部屋へ入って来ると、私の顔をジロジロ眺めて、
「どうかしましたか、大変顔色が悪い様ですが」
 と聞くのです。
「昨夜眠れなかったものですから」
 私は()りげなく答えました。
「不眠症ですか、いけませんね」
 そして、私達は暫く、いつもの様な議論とも、世間話ともつかぬものを取交(とりかわ)すのでした。が、やがて、私はそんな暢気(のんき)な会話に耐え切れなくなりました。ともすれば、昨夜の事で頭が一ぱいになって、河野の物しり顔な議論など一向耳に這入らぬのです。そうしていらいらしている内に、私はふと「この男に話して彼の判断を聞いて見たら」と考えました。彼なれば相当私を理解もしていて(くれ)るのですから、何となく話し易い気がするのです。そこで、私は昨夜の一伍一什(いちぶしじゅう)を、すっかり彼に打開けてしまいました。覗き眼鏡の秘密をあかす時には、それでも随分(ずいぶん)恥かしい思いをしたことですが、相手の聞き上手が、いつの間にか、臆病者の私を多弁にしてしまったのでした。

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