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今様片手美人

时间: 2023-09-04    进入日语论坛
核心提示:今様片手美人右の出来事があってから、数日の後、気候を云うと、この物語の最初から已に半年程経過した五月も終りに近い、蒸し暑
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今様片手美人


右の出来事があってから、数日の後、気候を云うと、この物語の最初から已に半年程経過した五月も終りに近い、蒸し暑いある一日のことであった。
牛込 うしごめ 江戸川 えどがわ 公園の西のはずれに、俗称 大滝 おおだき という、現在では殺風景のコンクリートの水門に過ぎないが、併しやっぱり大滝の様に水の落ちている箇所がある。 武蔵野 むさしの の西から流れて来た小川が、そこで滝になって、昔は桜の名所であった江戸川となり、 大曲 おおまがり を曲って、 飯田橋 いいだばし の所で外堀に流れ込んでいるのだ。
その大滝のそばには、数軒の貸舟屋があって、夏の夕涼に小舟を操る人も多く、郊外の一寸した名所になっているのだが、その日は今も云った晩春のむし暑い日であったので、もう近所の子供 が、舟を借り出して、浅い濁水に棹を操り、大滝の真下の渦巻き返す激浪と闘って打興じていた。中には、気早にも、もう 素裸体 すっぱだか になって、汚らしい水に飛び込む、野蛮人みたいな 腕白 わんぱく 小僧達もあった。
大滝の巾十間、落差二丈もあるだろうか、巨大なビイドロの如き落口、白浪 相噛 あいか む滝壺、四隣を震わす 鼕々 とうとう の音、小さいながらも、滝というものの美しさを凡て備えていた。高が水門と油断をして、滝壺へ舟を近づけ、つい命を奪われるものも、年に一人や二人はある。滝壺は非常に深くて、その底に何やら魔のものが んでいるなどと、あらぬ怪談さえ生れて来るのだ。
だが、土地の子供は 河童 かっぱ だ、危険な箇所を心得ていて、恐れもしないで、泳ぎをやる。で、その時、一つの小舟から、クルクルと素裸体になった十五六歳の 我鬼 がき 大将が、真黒な身体を逆さにして、ドボンと滝壺近くの深味へ飛込んだのである。
「待ってろよ。いいものを探して来てやるから」
少年は舟の上の仲間に、そう呶鳴って置いて、 海豚 いるか の様に身をくねらせて、 水底 みずそこ 深くもぐって行った。舟遊びの人が落した財布などが、時として底の泥深く埋まっていることがあるからだ。
彼は水中に目を見開いて、底へ底へと下って行った。海底の様に の林はないけれど、その代りに、木切れ 藁束 わらたば ドロドロの 布屑 ぬのくず 、犬とも猫とも知れぬ小動物の白骨などが、濁った水底にブヨブヨと蠢いている様は、海などよりも一層不気味に物凄かった。
滝壺の真下を見やると、二丈の高さから落ちる幾百 こく の水がそのまま、深い底近くまで巨大な柱になって、余勢が尽きると、無数の真白な泡と砕け、沸々と水面に向ってたぎり昇っている恐ろしい有様だ。
だが、見慣れた少年は何とも思わない。それよりも 水底 すいてい 雑物 ぞうもつ の間に、何か舟の仲間への御土産になる様な品物が落ちていないかと、息の続く限り、泥の間を泳ぎ廻っていた。
ふと見ると、五六間向うの泥の中に生えて、ヒラヒラしている白いものが目についた。幾百度と数え切れぬ程同じ水底にもぐっている少年だが、こんな変てこな感じのものに御目にかかったのは初めてだった。動物の骨ではない。もっと太くて、グニャグニャして、何となく生きている様に思われるのだ。
彼は好奇心を起して、そのものに近づいて行った。水の層をかき分ける毎に、そのものの姿はハッキリして来た。泥水の底のこと ゆえ 、あたり一帯、場末の電力の乏しい活動写真みたいに異様にドス黒い。その中に、クッキリと青白いそのものが、本当に泥から生えた感じで、五本に分れた先端が、水を掴んでもがいている。
生きた人間の、恐らくは女の、断末魔の苦悶の手首だ。それが、泥から一本、ニョッキリと生えてもだえているのだ。
少年の身体が敵に逢った 海老 えび みたいに、非常な速度で水中にもんどり打ったかと思うと、彼は七転八倒の有様で、水面に浮き上り、したたか飲んだ泥水を、ゲロゲロと吐き出した。そして、やっと口が利ける様になると、舟の上の仲間達に向って、
「人、人、人が死んでる」
と、どもりどもり呶鳴った。
少年自身が死人の様に青ざめている。
「本当? 死んでるの?」
「分らない。まだ動いていた」
「じゃ、早く助けてやろう。みんな、手伝って助けてやろうよ」
勇敢な一人が、意気込んで云った。河童少年達の間に、英雄的な気持が湧起った。
「助けてやろう、助けてやろう」
一同口々に叫んで、着物をかなぐり捨てて、競泳の様に、次々と、ドボンドボン飛込んだ。
都合四人、赤黒くスベスベした身体が、泥水の中を ななめ に底に向って突き進んだ。
同勢に力を得た最初の少年は、負けぬ気になって、覚えの場所へもぐりつくと、白いヒラヒラしたものを、思い切って、グッと掴んだ。次につづいた一人も、争う様にそれを掴んだ。ブヨブヨと薄気味悪い手触り。勢こめてグイと引っぱると、何の手応えもなく、スッポリと抜けた。
手ばかりで胴体はなかった。それが何かのはずみで、泥から生えた恰好になっていたのだ。
少年達は舟に戻った。青白い女の片腕は舟の胴の間に放り出された。鋭利な刃物で切断したのか、切口は見事である。桃色の肉にまかれて、白い骨が、ちょっぴりと覗いている。一本の指にキラキラ光るのは、 こまか い細工の白金の指環である。ムッチリした指に深く食入っている。
それからの騒ぎは細叙するまでもない。子供達の知らせに、貸舟屋の小父さんが驚いて交番にかけつけた。所轄警察署から数名の係官が出張し、人を傭って水中を隈なく捜索させたが、右の一本の腕(左腕であった)の外には、何物も発見されなかった。
それの沈んでいた場所で投込まれたものか、ずっと上流に 投棄 なげす てられたのが、流れ流れて、水門を越して、滝壺に とま っていたのか、諸説まちまちであったが、大滝附近に人殺しなど行われた様子のない所を見ると、恐らく後説が当っているであろうと、一巡査が貸舟屋の親父に語った。
生腕は所轄警察を経て、鑑定の為に警視庁へ廻された。翌日の新聞がこの記事で賑ったことは申すまでもない。行倒れや乞食の腕ではないのだ、 なまめ かしい女の腕、しかも、指先に手入れの行届いていること、白金の指環などが、豊かな育ちの、若く美しい女を想像させるのだ。好奇的三面記事にはおあつらえ向きである。
ある新聞の編輯者は、「今様片手美人」という見出しをつけた。つまり片腕を切落された美婦人が、東京のどこかに、まだ生きているという、誠に奇怪な空想をほのめかしたものである。彼は恐らく 涙香 るいこう 小史飜案する所の探偵小説「片手美人」の愛読者であったに相違ない。
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