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仮面時代(2)

时间: 2023-10-07    进入日语论坛
核心提示: 気取った塗り物の円卓を中にはさんで、座につくと、やがて運ばれるお茶、お菓子、そして、お酒。だが、男はまだ仮面を取ろうと
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 気取った塗り物の円卓を中にはさんで、座につくと、やがて運ばれるお茶、お菓子、そして、お酒。だが、男はまだ仮面を取ろうともしないのだ。
「ここ待合でしょう。おかしいわね。あたしこんな服なんかで、変でしょう」
 断髪洋装のレビュー・ガールと待合の小座敷とは、いかにも変てこな取り合わせであった。
「ウン、そんなことどうだっていいよ。さあ、さっきの指環お出し、僕がはめて上げるから」
「ええ」
 蘭子はいわれるままに、その指環のサックを差出したが、ふと心づいて、
「あら、まだお面かぶっていらっしゃるの。お座敷の中でおかしいわ。取ったげましょうか」
「まあ、いいから、手をお出し、指環の方を先にしよう」
 男の薄黒い毛むくじゃらの手が、ニュッと伸びて、蘭子の左手をつかみ、指環をはめようとした。その手を一と眼見ると、彼女はギョッとして、思わず中腰になった。
「いけない。放してください。あなた誰です……神谷さんじゃない……早く、早く、そのお面を取って、顔を見せてください」
「ハハハハハ、そんなにせき立てなくたって、いま見せてあげるよ。ほら、君とエンゲージした男っていうのは、つまり僕なのさ」
 片手では、もう指環をはめてしまった蘭子の手をグッと握ったまま、一方の手で、「レビュー仮面」をむしり取った。その下から現われたのは、蘭子には初対面であったけれど、まぎれもない人間ひょう、恩田のせた黒い顔であった。
「ハハハハハ、ずいぶん苦労をしたもんだよ。神谷君とそっくりの服を注文したり、髪をオール・バックにしたり、声を作ったりさ。だが、君がエンゲージ・リングを受けてくれたので、僕はやっと安心したよ。まさか君は、その指環を返そうとはいうまいね」
 蘭子は恩田の恐ろしさをまだ知らなかった。ただ、なんとなくいやらしい男と感じたばかりだ。
「あたし、人違いをしましたの。これをお返しします。そして、もう帰りますわ」
 彼女は指環を抜いて卓上に置き、いきなり立ち上がって帰りそうにした。
「だめだめ、そのふすまには錠前がついているんだ。かぎは僕が持っている。ほしければ鍵を上げないものでもないが、それには条件があるんだよ」
「じゃあ、あたし、ベルを押して、ここの女中さんを呼びますわ」
「呼んだって来やしないよ。君が少しぐらい大きな声を立てたって、誰もこないことになっているんだ」
 蘭子は青ざめた顔をゆがめて、もう泣き出しそうになっていた。
「まあ、いいから、そこへすわりたまえ」
 恩田が彼女のそばへ寄りそって、肩に手をまわして、グッとおしつけると、蘭子はクナクナと座蒲団ざぶとんの上にくずおれてしまった。
 恩田の大きな両眼は、渋面を作った少女の顔を、かず見入りながら、怪しい燐光りんこうに輝きはじめた。口は大きくひらいて、夏の日の犬のように、ハッハッと、苦しげにあえいだ。そして、まっ白な鋭い歯のあいだから例のとげのある異様に長い舌が、一匹の無気味な生きもののようにうごめくのがながめられた。
 蘭子はその時はじめて、この男が普通の人間でないことを悟った。けだものだ。人間の形を借りた猛獣だ。
 あまりの恐ろしさに、もう気力も尽きたかと感じたが、しかし、こんな野獣の餌食えじきになるのは、考えただけでも耐えがたい汚辱おじょくであった。ない力をふりしぼっても、この危急をのがれなければならない。
「いけません。あたし、どうしても帰ります」
「だが、僕は帰さないのさ」
 野獣が人間の言葉であざけりながら、なおもその無気味な顔を、彼女の眼の前に近づけてきた。
「ね、ラン子、僕は執念深いのだよ。一度思いこんだら、君がどんなに逃げまわっても、どんなに警戒しても、結局目的を達しないではおかぬのだよ。よく考えてごらん。君は命がしくないのかい」
 言いながら、彼の熱いほおが彼女の頬に触れ、蜘蛛くものような五本の指が、彼女の背中をいまわるのが感じられた。
 ゾーッと、からだじゅうの産毛うぶげが逆立ち、血流が逆流した。蘭子はもう無我夢中であった。何かしらえたいの知れぬ叫び声を発しながら、狂気の力をふりしぼって、立ち上がりざまふすまに向かって突進した。
 メリメリと恐ろしい音がして、襖に穴があいた。
 蘭子は無理やりにそこを押しくぐって、廊下にころがり出した。
「誰か、助けてください」
 悲鳴を聞きつけて、女中たちがけつけてきた。

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