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檻の中

时间: 2023-10-07    进入日语论坛
核心提示:檻(おり)の中 ドアをひらいて顔をさし出したのは、頭もひげもまっ白な、折れたように腰の曲がった、背広姿の老人であった。 相
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(おり)の中


 ドアをひらいて顔をさし出したのは、頭もひげもまっ白な、折れたように腰の曲がった、背広姿の老人であった。
 相手が案外弱々しい老人だったので、神谷は拍子抜けがして、やや穏かな口調で、
「こちらは恩田さんのお宅ですか」
 と()ず尋ねてみた。
「ハイ、わしが恩田ですが、あんたはどなたですな」
 老人は人殺しなどの行なわれる屋敷とも思われぬ、ゆったりした調子で答えて、神谷と閉め切った門の扉とを、ジロジロと見比べた。
「いや、僕は若い方の恩田さんに会いたいのです。いつか京橋のカフェでお眼にかかった神谷というものです」
「若い方というと、ハハア、(せがれ)のことですかな。倅なら今あいにく留守(るす)中じゃが」
 老人は(そら)うそぶいて取り合おうともしない。こいつ油断がならないぞ。ヨボヨボしたおやじだけれど、眼の色が唯者(ただもの)ではない。
「じゃ、お尋ねしますが。お宅に若い娘が来ていやしませんか。弘子というカフェのものですが」
 思いきって、尋ねてみた。
「若い娘? わしゃ知りませんな……だが、立ち話もなんじゃ、こちらへおはいりなさらんか。ゆっくりお話しを聞きましょう。門を乗り越したりして、けしからんお方じゃが、まあそれはそれとして」
 突然、老人がニヤニヤと愛想よくなった。変だ。何かわけがあるのに違いない。だが、のぼせ上がった神谷は、それまで気がつかず、誘われるままに、老人のあとについて、家の中へはいって行った。
 通されたのは、窓が高く小さくて、まるで牢獄(ろうごく)のように陰気な洋室であった。
「わしは老いぼれた学究でしてな。世の中の交際もしておらんので、お客をもてなす部屋もありませんのじゃ」
 いかにも老人の言う通り、それは実に異様な部屋であった。一方には大きな本棚(ほんだな)に、金文字の()せた古ぼけた洋書がギッシリ詰まっているかと思うと、一方の棚には、薬剤であろう、レッテルを()りつけた大小さまざまのガラス(びん)が、ほこりまみれになって並んでいる下に、実験台のようなものがあって、たくさんの試験管、フラスコ、ビーカー、蒸溜器などが、雑然と置いてある。
 また別の一隅には、ガラス張りの棚があって、何かの動物の、人間のよりは平べったい髑髏(どくろ)が、三つも四つも、眼の(くぼ)にほこりを()めてころがっているかと思うと、その下の段には、外科医の使うような、無気味な銀色の道具箱が、半ば赤錆(あかさ)びになって、ズラリと並んでいる。ガラス棚の横手には、大きなロクロみたいな器械が()えつけてある。
 まるで中世紀の煉金(れんきん)術師の仕事場だ。
 部屋のまん中には、村役場にでもありそうな、ニスのはげた机があって、そのかたわらに二脚の(こわ)れかかった椅子(いす)がほうり出してある。老人はその椅子に腰かけて、神谷にもかけるように勧めた。
「さア、お掛けなさい。(せがれ)も今に帰るでしょう。倅が帰らないと、わしには何もわかりませんのでな。ごらんの通り、こんな研究に没頭しとりますので」
 神谷は、もっと奥の方へ踏み込んでみたかったけれど、そうもならぬので、セカセカとまた同じことを繰り返して尋ねた。
「ほんとうにご存知ないのですか。いくらなんでも、同じ家の中に、よその娘が閉じこめられているのを、あなたが知らないはずはないでしょうが」
「え、え、なんとおっしゃる。娘が閉じこめられている? そりゃ何かの間違いでしょう。わしにせよ倅にせよ、そんな悪者ではありません。いったい何を証拠(しょうこ)に、そんな言いがかりをなさるのじゃ」
 老人は底光りのする大きな眼で、(にら)みつけながら、きめつけた。
「証拠が見たいとおっしゃるのですか。証拠はこれです。今、お宅の中から(へい)のそとへ、これを投げたものがあるのです」
 神谷は言いながら、さいぜんの血染めのハンカチを取り出して、老人の眼の前にひろげて見せた。
 老人はそれを読みとると、さすがにギョッとした様子であったが、なにげなく笑い出して、
「アハハハハハ、これを家から投げましたと? あんたは夢でも見たのじゃないか。この家には倅とわし二人きりで、その倅が外出しているのじゃから、今はわしがたった一人です。わしがこんなものを投げるはずもなし……」
「では、これをごらんなさい。あなたの息子さんが弘子さんという女給にやった指環(ゆびわ)です。これも見覚えがないとおっしゃるつもりですか」
 老人は指環を見ると、一そうギョッとしたようにみえた。白髯(はくぜん)にうずまった息子(むすこ)と同じようにドス黒い顔が、サッと赤らんだかと思われた。だが、彼はあくまでも(しら)を切って、
「知らんよ。わしゃ、そんなもの……だがね、お前さんが、そんなに疑うなら、一つ家探しをしてみたらどうじゃ。わしが案内して上げてもよい」
 と意外なことを言い出した。神谷は用心しなければならなかったのだ。老人の言葉の奥には、どのような恐ろしい(たく)らみが隠されていたかもしれないのだ。しかし、彼は弘子の安否が確かめたさに、何を考えるゆとりもなかった。
「それじゃあ、ご案内ください。僕もこうしてお訪ねしたからには、すっかり安心して帰りたいのです」
 神谷は立ち上がって、せわしく老人を(うなが)した。
「では、こちらへおいでなさい」
 老人はさもしぶしぶのように、ヤッコラサと椅子(いす)を離れ、二つに折れた背中に両手を組んで、ヨチヨチと部屋を出た。
 薄暗い廊下を少し行くと、外側に(かんぬき)のついた頑丈(がんじょう)な板戸があった。
()ずこの中を、見てもらいましょうかな」
 老人は言いながら、閂をはずして、先に立ってその部屋の中へはいって行った。
 神谷はつづいてはいったが、部屋の中は薄暗くて、少しも様子がわからない。
「窓を閉めてあるのですか」
「さようじゃ。今窓をあけますから、少し待ってください」
 老人は薄闇(うすやみ)の中で、何かゴトゴトいわせていたが、やがて、バタンと大きな音がしたかと思うと、部屋の中が、突然まっ暗になってしまった。
「どうしたんですか」
 驚いて声をかけると、老人がどこか遠くの方で笑い出した。
「ハハハハハ、どうもせんよ。お前さんに、しばらくそこで御休息を願おうと思ってね。まあ、ごゆっくりなさるがいい。ハハハハハ」
 そして、彼の声はだんだん遠くへ聞こえなくなって行った。
 ハッと気がついて、部屋の入口へ突進したが、もう遅かった。厚い(とびら)がピッタリ閉まって、そとから閂をかけたのであろう、押せども引けども、ビクとも動かなかった。
 神谷は迂闊千万(うかつせんばん)にも、(わな)にかけられたのだ。老人は薄暗がりを幸いに、窓をあけると見せかけ、彼の油断している(すき)に、廊下に出て、そとから閂をかけてしまったのだ。
 彼は幾度も、全身で扉にぶっつかってみたが、なんの効果もないことがわかったので、今度は手さぐりに、窓はないかと調べてみたが、まわりはすっかり板張りになっていて、窓らしいものは一つもなかった。三畳敷きほどのまったく採光設備のない物置きのような部屋だ。いや、ただの物置きにしては、あまりに頑丈すぎる。もしかしたら、これは動物を入れるための(おり)に類するものではないだろうか。どうもそうらしく思われる。ああ、彼はまるでけだもののように、檻の中へとじこめられてしまったのかしら。

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