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金口の巻煙草

时间: 2023-10-08    进入日语论坛
核心提示:金口の巻煙草(まきたばこ) だが、やがて、青ざめていた明智の顔にサッと血がのぼった。何かしら悟るところがあったのに違いない
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金口の巻煙草(まきたばこ)


 だが、やがて、青ざめていた明智の顔にサッと血がのぼった。何かしら悟るところがあったのに違いない。そして次の瞬間には、彼の眼に恐ろしい焦慮(しょうりょ)の色が浮かんだ。こうしてはいられない。文代さんが危ないのだ。しかし、この厳重な監禁をどうして脱出することができるだろう?
「ところがね、君、僕は夕方までここにはいないつもりだよ」
 突然、明智はニコニコした表情になって言い放った。
「おいおい、から威張(いば)りはよせよ。いないつもりだって、おれの方でいさせておくんだからしようがないじゃないか」
「この(なわ)かね?」
「ウン、それもあらあ、どんな縄抜けの名人だって、その縄だけは、ちょいと抜けられめえよ」
「それから、そのピストルかね」
「ウン、そうよ、そうよ。この小っちゃい仲間は、まことに気持のいいやつでね。貴様たち二人くらいの命を取るのはなんの造作(ぞうさ)もありやしないのさ」
「ブルブルブル、おお、(こわ)い怖い。それじゃあ、まあおとなしくころがっているとしようかね」
 明智はおかしそうに笑い出して、ゴロリと横になった。
「なんだか薄気味のわるいやつだなあ……だが、そうおとなしくしていりゃあ、こっちも別に文句はねえ。じゃあまた窮屈(きゅうくつ)だろうが、こいつをはめさせてもらおうかね」
 男は固く丸めた手拭(てぬぐ)いを取って、再び猿ぐつわをはめる用意をした。
「おい、君、そいつをはめる前に、一つ頼みがあるんだがねえ」
 明智がやっぱりニコニコして言い出した。
「なんだ」
「君は煙草を持っていないかい。腹がくちくなると、今度は一服吸いたくってねえ。面倒ついでに、一つ煙草もくわえさせてくれないか」
「ウン、煙草か。感心だよ。さすがに度胸が()わっているねえ。お安いご用だ。だが、おあいにくと、切らしたよ。おれもさいぜんから一服やりたくってしようがねえんだが、君たちをほうっておいて買いに出るわけにもいかずねえ。気の毒だが我慢してくんな」
「やれやれ、そいつは残念だなあ……待てよ。おい、君、あるよあるよ。僕の内ポケットにシガレット・ケースがはいっているんだ。その中にまだ二、三本残っているはずだよ。君、すまんがこのポケットへ手を入れて、そいつを出してくれないか。むろん君にも一本進呈するよ。M・C・Cだぜ」
「ウン、M・C・Cとは、聞き捨てにならねえな。久しくお眼にかからねえよ。よしよし、いま出してやるよ」
 男はよほどの煙草好きとみえて、相好をくずしながら、明智の職工服の内ポケットへ手を入れた。きたない職工服から銀のシガレット・ケースだ。それからもう()と品、大型の万能ナイフがカチカチ音を立てて一緒に引っ張り出された。
「おや、こんなものを持っていやあがる。危ない危ない。こいつはこっちへ預かっておいてと」
 男は万能ナイフをわきに置いて、それからシガレット・ケースをパチンとひらいた。
「あれ、金口だぜ、今時流行(はや)らねえじゃねえか。それに、二本ぽっちだぜ」
「二本でもいいじゃないか。僕が一本、君が一本」
「ウン、まあ我慢して仲よく一本ずつ分けるか。二本とも没収しちゃってもいいんだが」
 さいぜんからの話しぶりでもわかる通り、この拳闘(けんとう)選手みたいな大男は、悪人に似合わぬお人よしとみえる。
 彼は寝ころんでいる明智の口へ、一本の金口の巻煙草をくわえさせて、マッチをすってやった。
「いや、ご苦労ご苦労、実にうまいよ。さあ、君も遠慮なくやりたまえ」
 明智は青い煙をフーッと天井へ吹きつけながら、くわえ煙草で、ほがらかに勧める。
 男はなかなかの煙草好きとみえて、(かお)りのよい煙を感じると、もう我慢できないといった調子で、自分も一本の金口を取って、火をつけ、いきなりスパスパとやり出した。
「ところでねえ、君、君はZ曲馬団というのを知らないかね」
 明智はなにげない世間話のようにはじめた。
 見ていると、妙なことに、彼はM・C・Cの煙を、()しげもなくフーフーと吐き出すばかりで、深く吸い込む様子がない。ほんとうに煙草がほしかった人とも思われぬ仕草(しぐさ)だ。
 Z曲馬団と聞くと、男はなぜかドギマギして、あまりうまくない答え方をした。
「知らないよ。そんな曲馬団なんて」
「そうかい。たぶん知ってるだろうと思ったがねえ」
 明智は眼を細くして、睫毛(まつげ)のあいだから、じっと男の様子を見つめていた。
 男はだまり込んで、むやみに煙草を吸っている。あまりにのんびりとしたテンポののろい会話、敵味方とも思われぬほがらかな情景、何かしら物憂い生暖かい空気が部屋を包んでいた。睡気(ねむけ)をもよおすような一時が経過した。
「ハハハハハ、さて大将、いよいよお別れの時がきたようだね」
 突然、明智が煙草の吸いさしを吐き出して、低く笑いながら言った。
 だが、相手の男はこの暴言になんの答えをする力もなかった。
 彼は煙草を持った手をダランと垂れて、ポカンと口をあいて、物憂い春霞(はるがすみ)の中に、さも心地(ここち)よく舟を()いでいた。コクリコクリと、居眠りの最中であった。
「神谷君、ご挨拶(あいさつ)はあとです。僕らは助かりましたよ。こいつは眠ってしまったのです」
 明智が今までとはうって変った緊張した声で、かたわらの青年に呼びかけた。
 疲労のために、いくじなくグッタリしていた神谷青年は、この明智の声にハッと身を起こした。
「では、今の煙草に何か……」
「そうですよ。僕はいざという時の用意をおこたったことはありません。僕の内ポケットには、どんな時でも必らず二本のウェストミンスターかM・C・Cの、強い麻酔剤を仕込んだ巻煙草が、ちゃんとはいっているのですよ。僕はそれをちっとも吸い込みはしなかった。ところが、先生は煙草に餓えていて矢鱈(やたら)に吸い込んだのですからね。たちまちこの有様です。もう踏んでも()っても眼をさますことじゃありませんよ」
「ああ、そうでしたか」
 神谷は名探偵の用意に感嘆して、
「ですが、この(なわ)をどうして」
 と、まだ不審顔。
 明智は「あれ」と眼で教えておいて、いきなり腹這(はらば)いになると、さいぜん男が彼のポケットから(つか)み出して畳の上に置いた万能ナイフの方へにじり寄って行き、やっとのことで、それを口にくわえた。
 それから、ナイフの()を柱の角に当てて、器用にその刃をひらくと、柄の方を奥歯でしっかりと支えて、われとわが胸の縄をゴシゴシこすりはじめた。

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