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大空の爆笑(4)

时间: 2023-10-08    进入日语论坛
核心提示: 飛び上がる風船と共に、悪魔の哄笑(こうしょう)は、スーッと、尾を引くように、遥(はる)かの天空へと消えて行った。しばらくの
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 飛び上がる風船と共に、悪魔の哄笑(こうしょう)は、スーッと、尾を引くように、(はる)かの天空へと消えて行った。しばらくのあいだは、銀色の風船の下に、片手と両足でつかまった、小さな黒い人の姿が、地上の群集に向かってしきりと手を振っているのが(なが)められたが、やがてそれも見えなくなって、ただゴム(まり)ほどの銀色のものが、風のまにまに白い雲のあいだを縫って、東京湾の方角へ流れ流れて行くのを見るばかりであった。

その翌日、相模半島の漁船が、沖合遥かの海上に、銀色の大ダコのような怪物がただよっているのを発見した。調べてみると、それはZ曲馬団のアド・バルーンに違いないことがわかったが、「人間(ひょう)」恩田の死体は、ついにどこの海岸に打ち上げられたという報告にも接しなかった。彼は風船と悪運を共にして海底の藻屑(もくず)と消えたのであろうか。それとも、運命強く通りがかりの船などに救われ、まだこの世のどこかの隅に、あの燐光(りんこう)の眼を光らせて、再度の悪事を計画しているのであろうか。
だが、それから一年以上のあいだ、われわれは彼の消息をまったく耳にしないのである。たとえ生き永らえているにせよ、人間獣の害悪は()()ずこの世から除き去られたと言わねばならなかった。
かくして、私立探偵明智小五郎の名声は(ひと)り高く、彼の美貌(びぼう)の妻文代さんの()しき運命の物語はいたるところの話題にのぼり、長く人々を感動せしめたのである。
ただここに一つ、永遠に解きがたき(なぞ)が残されていた。その眼は無気味な燐光を放ち、その(きば)は野獣のごとく鋭く、その舌は猫属のささくれを持つ怪物「人間豹」が、いかにしてこの世に生を()けたかという疑問である。事件の後、世間には人獣混血の説が喧伝(けんでん)された。恩田は生るべからざるに生れた地獄の子であったというのだ。彼らの論拠(ろんきょ)は、恩田の父親がなぜあれほど豹を愛したか。その豹を射殺しなければならなかった時、なぜあれほどまでに悲しんだか、そして、寵愛(ちょうあい)の豹を失った彼が、一年の後、浅草の動物園から、又しても同じ動物を盗み出さなければならなかった理由はなんであるか、というような漠然とした事柄にすぎなかった。言うまでもなく、単なる臆測(おくそく)である。科学の(がえん)じない臆測である。
そこには、恩田の父親だけが握っている、恐ろしい秘密があったのかもしれない。だが、その父恩田はもはやこの世の人ではなかった。彼の自殺と共に、「人間豹」の奇怪事は、千古に解きがたき謎として残されたのである。
では、あの浅草の動物園から盗み出した豹は、いったいどうなったのか。読者諸君は、それをいぶかしく思われるに違いない。だが、あの豹は父恩田と運命を共にして、サーカスの舞台で最期(さいご)をとげたのだ。檻の中の(とら)と見えたのは、実はお化粧をした豹であった。犯人たちは盗み出した豹の始末に困じ果てたに違いない。あのような眼立ちやすい生きものを連れて、人眼をくらましていることはまったく不可能であった。豹を隠さなければならない。だがどうして? 魔術師はそれについて実に奇想天外な手段を思いついたのであった。
彼らは人間の白毛染め薬を用いて、豹の斑紋(はんもん)を巧みに染めつなぎ、動物のからだ一面に虎斑(とらふ)を描き上げたのだ。人々は豹を探している。虎を探しているのではない。それゆえ、虎を連れた猛獣使いが突如として東京に現われたとしても、ただちにそれと疑われる気遣いはなかったのだ。
彼らはその虎と、文代さんを包んだにせ物の熊とを連れて、伝手(つて)を求めてZ曲馬団に加入した。むろん彼らの虎にも、熊にも、曲馬団の人たちを決して近寄らせなかった。かくして二重三重の目的が達せられた。恩田父子と豹とが安全に身を隠し得た上に、誘拐(ゆうかい)した文代さんまでも、まったく人眼のとどかぬ熊の(おり)の中に監禁しておくことができたのだ。いや、そればかりではない。猛獣格闘の見世物と称して、はれがましい大群集の面前で、その文代さんを豹の餌食(えじき)にして見せるという、無残きわまる大芝居さえ演じることができたのである。彼らはこの悪魔の虚栄心に、殺人演技の魅力に、なかば狂せるがごとく、ついにはわが身の危険をさえ忘れ果てたかのように見えた。
「人間豹」事件は、明智小五郎が取り扱った多くの犯罪事件の中でも、最も奇怪な色彩のものであった。当の被害者が、愛妻の文代さんであったという意味だけでも、彼には長く忘れがたい印象となって残った。
「僕はね、あの風船に乗った恩田のやつが、空の上から僕たちをあざ笑った気味のわるい笑い声が、いつまでも耳に残って離れないのだよ。夢に見るのだよ。おそらく一生涯あの声は忘れないだろうね」
明智はそののち恒川警部に会うごとに、きまったようにそれを言い出すのであった。

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