「御前がこしらえたのかい。感心に旨く出来てる。御前は何にも出来ないが、こんなものは器用だね」
「どうせ藤尾さんのようには参りません――あらそんな椽側へ煙草の灰を捨てるのは御廃しなさいよ。――これを借して上げるから」
「なんだいこれは。へええ。板目紙の上へ千代紙を張り付けて。やっぱり御前がこしらえたのか。閑人だなあ。いったい何にするものだい。――糸を入れる? 糸の屑をかい。へええ」
「兄さんは藤尾さんのような方が好きなんでしょう」
「御前のようなのも好きだよ」
「私は別物として――ねえ、そうでしょう」
「嫌でもないね」
「あら隠していらっしゃるわ。おかしい事」
「おかしい? おかしくってもいいや。――甲野の叔母はしきりに密談をしているね」
「ことに因ると藤尾さんの事かも知れなくってよ」
「そうか、それじゃ聴きに行こうか」
「あら、御廃しなさいよ――わたし、火熨がいるんだけれども遠慮して取りに行かないんだから」
「自分の家で、そう遠慮しちゃ有害だ。兄さんが取って来てやろうか」
「いいから御廃しなさいよ。今下へ行くとせっかくの話をやめてしまってよ」
「どうも剣呑だね。それじゃこっちも気息を殺して寝転んでるのか」
「気息を殺さなくってもいいわ」
「じゃ気息を活かして寝転ぶか」
「寝転ぶのはもう好い加減になさいよ。そんなに行儀がわるいから外交官の試験に落第するのよ」
「そうさな、あの試験官はことによると御前と同意見かも知れない。困ったもんだ」
「困ったもんだって、藤尾さんもやっぱり同意見ですよ」
裁縫の手を休めて、火熨に逡巡っていた糸子は、入子菱に縢った指抜を抽いて、に銀の雨を刺す針差を裏に、如鱗木の塗美くしき蓋をはたと落した。やがて日永の窓に赤くなった耳朶のあたりを、平手で支えて、右の肘を針箱の上に、取り広げたる縫物の下で、隠れた膝を斜めに崩した。襦袢の袖に花と乱るる濃き色は、柔らかき腕を音なく滑って、くっきりと普通よりは明かなる肉の柱が、蝶と傾く絹紐の下に鮮かである。