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虞美人草 十四 (19)

时间: 2021-04-20    进入日语论坛
核心提示:「先生」と云う。顔は先生の方へ向け易(か)えた。例になく口の角(かど)にいささかの決心を齎(もたら)している。「何だい」「今の
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「先生」と云う。顔は先生の方へ向け()えた。例になく口の(かど)にいささかの決心を(もたら)している。
「何だい」
「今の御話ですね」
「うん」
「もう二三日待って下さいませんか」
「もう二三日」
「つまり要領を得た御返事をする前にいろいろ考えて見たいですから」
「そりゃ好いとも。三日でも四日でも、――一週間でも好い。事が判然(はっきり)さえすれば安心して待っている。じゃ小夜にもそう話して置こう」
「ええ、どうか」と云いながら恩賜の時計を出す。夏に向う永い日影が落ちてから、()の針は()く回るらしい。
「じゃ、今夜は失礼します」
「まあ好いじゃないか。もう帰って来る」
「また、すぐ来ますから」
「それでは――御疎怱(おそうそう)であった」
 小野さんはすっきりと立つ。先生は洋灯(ランプ)()る。
「もう、どうぞ。分ります」と云いつつ玄関へ出る。
「やあ、月夜だね」と洋灯を肩の高さに支えた先生がいう。
「ええ(おだやか)な晩です」と小野さんは靴の(ひも)を締めつつ格子(こうし)から往来を見る。
「京都はなお穏だよ」
 (こご)んでいた小野さんはようやく沓脱(くつぬぎ)に立った。格子が()く。華奢(きゃしゃ)体躯(からだ)が半分ばかり往来へ出る。
「清三」と先生は洋灯の影から呼び留めた。
「ええ」と小野さんは月のさす方から振り向いた。
「なに別段用じゃない。――こうして東京へ出掛けて来たのは、小夜の事を早く片づけてしまいたいからだと思ってくれ。分ったろうな」と云う。
 小野さんは(うやうや)しく帽子を脱ぐ。先生の影は洋灯と共に消えた。
 外は(おぼろ)である。(なか)ば世を照らし、半ば世を(とざ)す光が空に(かか)る。空は高きがごとく低きがごとく(すわ)らぬ腰を、()けぬ(よい)に浮かしている。懸るものはなおさらふわふわする。丸い(ふち)に黄を帯びた輪をぼんやり(ふく)らまして輪廓も(たしか)でない。黄な帯は外囲(そとい)に近く色を失って、黒ずんだ(あい)のなかに煮染出(にじみだ)す。流れれば月も消えそうに見える。月は空に、人は地に(まぎ)れやすい晩である。

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