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虞美人草 十四 (20)

时间: 2021-04-20    进入日语论坛
核心提示: 小野さんの靴は、湿(しめ)っぽい光を憚(はば)かるごとく、地に落す踵(かかと)を洋袴(ズボン)の裾(すそ)に隠して、小路(こうじ)
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 小野さんの靴は、湿(しめ)っぽい光を(はば)かるごとく、地に落す(かかと)洋袴(ズボン)(すそ)に隠して、小路(こうじ)蕎麦屋(そばや)行灯(あんどん)まで抜け出して左へ折れた。往来は人の(におい)がする。地にく影は長くはない。丸まって動いて来る。こんもりと()れて去る。下駄の音は(おぼろ)に包まれて、(しも)のようには()えぬ。()でて通る電信柱に白い模様が見えた。すかす(ひとみ)を不審と()えると白墨の相々傘(あいあいがさ)(うつ)る。それほどの浅い夜を、昼から引っ越して来た(かすみ)が立て()める。行く人も来る人も何となく要領を得ぬ。逃れば(もや)のなか、(いず)れば月の世界である。小野さんは夢のように()を移して来た。として(ひと)り行くと云う句に似ている。
 実は夕食(ゆうめし)もまだ食わない。いつもなら通りへ出ると、すぐ西洋料理へでも飛び込む料簡(りょうけん)で、得意な(ひだ)の正しい洋袴を、誇り顔に運ぶはずである。今宵(こよい)はいつまで立っても腹も減らない。牛乳(ミルク)さえ飲む気にならん。陽気は暖か過ぎる。胃は重い。引く足は千鳥にはならんが、(しか)踏答(ふみごた)えがないような心持である。そと(おろ)すせいかも知れぬ。さればとて、こつりと大地へ当てる気にはならん。巡査のようにあるけたなら世に朧は()らぬ。次に心配は要らぬ。巡査だから、ああも歩ける。小野さんには――ことに今夜の小野さんには――巡査の真似は出来ない。
 なぜこう気が弱いだろう――小野さんは考えながら、ふらふら歩いている。――なぜこう気が弱いだろう。頭脳も人には負けぬ。学問も級友の倍はある。挙止動作から衣服(きもの)の着こなし方に至って、ことごとく(すい)を尽くしていると自信している。ただ気が弱い。気が弱いために損をする。損をするだけならいいが()()きならぬ羽目(はめ)(おち)る。水に(おぼ)れるものは水を()ると何かの本にあった。背に腹は替えられぬ今の場合、と(あきら)めて蹴ってしまえばそれまでである。が……
 女の話し声がする。人影は二つ、路の向う側をこちらへ近づいて来る。吾妻下駄(あずまげた)と駒下駄の音が調子を(そろ)えて生温(なまぬる)く宵を刻んで(ゆたか)なるなかに、話し声は聞える。
洋灯(ランプ)の台を買って来て下さったでしょうか」と一人が云う。「そうさね」と一人が(こた)える。「今頃は来ていらっしゃるかも知れませんよ」と前の声がまた云う。「どうだか」と(あと)の声がまた(こた)える。「でも買って行くとおっしゃったんでしょう」と押す。「ああ。――何だ(あった)か過ぎる晩だこと」と逃げる。「御湯のせいでござんすよ。薬湯は(あった)まりますから」と説明する。

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