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橋の上で_小泉八云_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:橋の上でON A BRIDGE小泉八雲 Lafcadio Hearn林田清明訳 お抱え車夫の平七が、熊本の町の近郊にある有名なお寺院へ連れて行っ
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橋の上で
ON A BRIDGE
小泉八雲 Lafcadio Hearn
林田清明訳
 お抱え車夫の平七が、熊本の町の近郊にある有名なお寺院へ連れて行ってくれた。
 白川に架かっている、弓のように反そった、由緒ありそうな橋まで来たとき、私は平七に橋の上で停まるように言った。この辺りの景色をしばし眺めたいと思ったのである。夏空の下で、電気のような白日の光に溢れんばかりに浸ひたされて、大地の色彩は、ほとんどこの世のものとは思われないほど美しく輝いていた。足下には、浅い川が灰色の石の河床の上を、さざめきながら、また音を立てて流れていて、さまざまな濃淡の新緑の影を映していた。眼前には、赤茶けた白い道が、小さな森や村落を縫うように曲がりくねり、ときに見えなくなったり、また現れたりしながら、その遙か向こう、広大な肥後平野を取り囲んでいる、高く青い峰々へと続いているのだった。背後には、熊本の町がひかえている――たくさんの屋根の甍いらかが、遠くで青味がかって渾然こんぜんとした色合いを見せていた。――ただ一つ、遠くの森の岡の緑を背にして、お城の灰色の美しい輪郭がくっきりと見えていた……。町の中から見れば、熊本の町はつまらないところだ。けれども、あの夏の日に私が眺めたときのように遠望すれば、そこは靄もやと夢で出来たおとぎの国の都である……。
「二二年前でしたか」、平七は、額ひたいの汗を拭きながら話しました――「いいや、二三年前でしたろう――、わしはこの橋の上に立って、町が燃えるのを見とったです。」
「夜にですか?」私は聞きました。
「いいえ、雨の降る日の――昼過ぎでしたな。……戦いくさの真っ最中で、熊本の町は炎に包まれとったですよ。」と、老車夫は言った。
「どことどこが戦っていたのですか?」
「お城の中の鎮台兵と薩摩さつまの軍勢ですよ。大砲の砲弾たまを避けようと、わしらは地面に穴を掘って、その中にしゃがんどった。薩軍さつぐんは丘の上に大砲を据すえて、お城の鎮台兵はわしらの頭越しに、敵目がけて打込んでおった。町は全部焼けてしもうた。」
「でも、どうしてここにいたのですか?」
「逃げてきたとですよ。ひとりで、やっとこの橋まで逃げてきました。ここから二里半ばかり先のところで、農家をしている兄の家へ行こうとしとったんです。ところが、止められたとです。」
「誰が止めたのです?」
「薩摩の兵たちです。――その人たちが誰だったか分からんです。この橋にたどり着いたときに、欄干らんかんに寄りかかっている百姓姿の三人を見かけたんですが――てっきり農家の人たちだと思っとったんです。その人らは、藁わらの大きな笠を被り、草鞋わらじを履いていた。わしがその人らに丁寧に話しかけたら、一人が振り向いて、「ここに居ろ!」と言った。言ったのはそれっきりで、他の者は何も言わんかった。それで、この人たちが百姓ではないと感づいて、わしは恐ろしくなったですよ。」「どうして農夫でないとわかったのです?」
「着ている蓑の下に長い刀を隠しておった――とても長いやつをね。みんな背がかなり高くて、橋に寄りかかって、川を見下ろしていた。わしもその人たちの傍にいました――欄干の左から三つめの柱のところ、ちょうどそこいら辺りに。その人らと同じように寄りかかっておったです。そこから動いたならば、たぶんこの人らはわしを殺すだろうと思ったですよ。誰もものも言わず、わしら四人は長いこと、欄干にもたれて立っておったです。」
「どれくらいですか?」
「はっきりとは分からんがの――たぶん長い間だったでしょうな。町が焼けるのを見とった。誰もわしに話かけんし、見むきもせんで、皆みな川面を見つめとった。そしたら馬の蹄ひづめの音が聞こえてきた。馬に乗った士官が一人――あたりを見回しながら、速歩はやあしでやって来たとです。」
「町の中からですか?」
「そうです――旦那さんの後ろにある、その道に沿って……。男たちは大きな笠の下から士官を窺うかがったが、振り向かんかった。――みんな川の中をのぞき込んでいる振りをしておった。ところが、馬が橋にさしかかったその瞬間、男たちは振り向きざま、躍りかかった――一人が馬の轡くつわを捉え、もう一人が士官の腕を掴つかみ、三人目が首を刎はねた――目にも止まらぬ手並みだった……。」「士官の首ですか?」
「ええ――切り落とされる前に叫び声を上げる暇もなかった……。あんな早業はやわざを見たのは生まれて初めてでした。三人の誰も一声も出さんかった。」「それから?」
「三人は胴体を欄干から川の中に投げ込んだ。一人が強くひと叩きすると、馬は走り去ったです。」
「町の方へ戻ったのですか?」
「いいや――馬は、橋をまっすぐ村の方へ駆けて行きよった。首は川へ投げ込まんかった。薩摩の連中の一人が、蓑の下に、持っておった。それから、また欄干に凭もたれて、先刻と同じように――川を見おろしておりました。わしの膝はもうがくがくしておったですよ。三人のおさむらいたちは黙ったままで、息をする音すら聞こえない。わしは恐ろしくてあの人たちの顔を見られんかった。――それで川の中を眺め続けておったです。そのうちに別の馬の足音が聞こえてきた――すると心の臓がドックンドックンと高鳴ってきよって、気持が悪うなったとです。――見上げると、道に沿って、馬に乗った士官がもう一人、かなり速くやって来る。橋のたもとに近づくまで、誰も身じろぎもせずに待っている。あっという間に――首が切り落とされた! 最前とまったく同じように――死骸は川に投げ捨てられ、馬は逃げていった。三人の男たちがこんな案配に斬り殺されて、おさむらいたちはこの橋を立ち去ったですたい。」「一緒に行ったのですか?」
「とんでもない。三人目の男を斬るとすぐに、おさむらいたちは、首を携えて去っていったが、わしには目もくれんかった。遠くに立ち去るのが分かるまでは、動くのが怖かったので、橋の上に留とどまったままだったです。それから、燃えている町の方へ走って戻った。――走りに、走りったねぇ! 戻ってみると、薩軍が退却しているという話を聞いたです。それからしばらく日にちが経つて、東京から軍隊が到着しました。
おかげで、わしは少し仕事にありついて、兵隊さんのために草鞋を運んだです。」「あなたが目撃した、橋の上で殺された人たちは誰ですか?」「知りまっせん」
「確かめようとはしなかったですか?」
「ええ」平七は、また額の汗をぬぐいながら言った。
「あの戦いくさが終わってだいぶ年月が経つまで、誰にも話さんかったですもん。」「どうして話さなかったですか?」私はなおも尋ねた。
 平七は、驚いた様子で私を見ると、少し困ったような笑みを浮かべて、答えた。
「だって、それは悪いことじゃものなぁ――他人ひとに喋ったら恩知らずになったですたい。」
 こう言われて、私は、自分の不分明さを気づかされた思いだった。
 それから、私たちはまた旅を続けた。
 
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