彼は毎日、液をまぜあわせるのに熱中していた。また、振ったり、あたためたり、ひやしたり、時には光線を当てたりもした。
そして、ある日。ケイ氏はうれしそうな声をあげた。
「さあ、やっとできたぞ。これでいいはずだ」
彼が作ろうとしていたのは、新しい目薬だった。といっても、目の病気をなおす薬ではない。悪い人を見わける作用を持ったものだ。つまり、これを目にたらしてからながめると、悪いことをたくらんだり考えたりしている人の顔だけが、ムラサキ色に見えるのだ。顔をムラサキ色にぬっている人などはいないから、それでまちがえる心配はない。
「さて、効果が確実かどうかを、たしかめに出かけるとするかな」
ケイ氏はその目薬をさし、外出した。歩きながらあたりを見まわしたが、たいていの人は普通の顔色をしている。時たま、かすかにムラサキがかった人がまざっている。悪人になればなるほど、色も濃く見える働きがあるのだ。
「なるほど。世の中には、ひどく悪い人というのは少ないものらしい」
こうつぶやいているうちに、濃いムラサキ色の男をみつけた。カバンをさげて、道ばたに立っている。ケイ氏は、交番から警官を引っぱってきてたのんだ。
「あの男を、つかまえてください」
「しかし、なにもしていない男を、つかまえることはできませんよ」
と変な顔をする警官を、ケイ氏はせきたてた。
「その責任は、わたしがおいます。早く、早く」
警官はふしぎがりながらも、その男のそばに近づき、話しかけようとした。
「もしもし……」
そのとたん、男はあわてて逃げようとしたが、たちまちつかまってしまった。カバンを開けさせてみると、なかにはアクセサリーなど大量の金製品があった。それを調べた警官は、目を丸くし、ケイ氏に言った。
「これらの品は、このあいだ貴金属店から強盗が奪っていった品でした。おかげで、犯人をつかまえることができました。店からは、品物をとりもどしたお礼が出るでしょう。しかし、この男が犯人らしいと、よくわかりましたね。なぜですか」
「いや、そぶりが怪しかったからですよ」
ケイ氏は理由を秘密にし、いいかげんな答えをした。しかし、内心は大喜びだった。発明した目薬の作用も、これではっきりしたわけだ。また、たくさんのお礼ももらえるらしい。いい商売になりそうだ。これをくりかえせば、お金ももうかることになる。
こう考えながら、ケイ氏は自分のへやに帰ってきた。そして、なにげなく鏡をのぞいて、首をかしげた。なんと、そこにうつっている自分の顔が、ムラサキ色をしているではないか。
「こんなはずはない。わたしが悪人であるわけがない。泥棒もつかまえたのだ。どういうわけだろう」
ケイ氏はしばらく考えていたが、作った薬をみな惜しげもなく捨ててしまった。
「きっと薬の作用が狂っていたからだろう。さっき泥棒をつかまえたのは、ただの偶然だったにちがいない」
しかし、この薬のききめは、やはりたしかだったのだ。このような発明は、すぐに発表して世の中の役に立てるべきものだ。それを自分だけの秘密にしておこうというのは、けっしていい心がけとは言えない。