キダ氏は海中住宅関係の、資材や部品の製造会社を経営していた。この業界は競争が非常に激しく、技術開発や営業面で少しでも油断すると、すぐ他社にけおとされてしまう。
しかし、キダ氏はなかなかの手腕家だった。会社が順調に発展しているのは、ほとんど、彼ひとりの力によるといっていい。したがって収入も多く、このような別荘をもつことができたのだ。
キダ氏は一週間ほど滞在する予定で、休養のためこの別荘へやってきた。静かな空気にひたりながら、新計画の構想を、ゆっくり検討しようとも思っていた。
別荘に着いて一服していると、別荘番をかねている男がとりついできた。
「あの、妙なものがまいりました」
「なんだ、来客か。それなら来週、会社のほうで会うと伝えてくれ。いまは、休養中なのだから」
「いえ、それがロボットなのでございます。ご注文なさったのではありませんか」
「ロボットだと。知らぬ。そんなものを買ったおぼえはない。わたしは、日常生活ではロボットを使わない主義だ。なにかのまちがいだろう。帰らせろ」
とキダ氏は言った。しかし、男は困ったようなようすだった。
「それが、だめなのです。どう話しかけても、なにも答えません。耳が聞こえないのか、口がきけないのか、しまつにおえない、しろものです。あ……とうとう、勝手にはいってきてしまいました」
男が指さすほうを見ると、問題のロボットがこっちへやってくる。あまり見かけないタイプだが、落ち着いた銀色をしていて、形も上品だ。しかし、わけもなく侵入されては、迷惑だ。キダ氏は声をかけた。
「おいおい、わたしはロボットに用はない。家をまちがえたのだろう、帰ってくれ」
いっこうに、ききめはなかった。命令を無視するロボットなど、聞いたことがない。キダ氏は男に言った。
「話しても通じないらしい。押し出してしまってくれ」
「はい……」
男はこわごわ、ロボットを押した。しかし、効果はあがらなかった。ロボットの表面が、特殊加工されているらしい。つるつるしていて、手がすべって、どうしようもないのだ。勢いよく体当りしてみたが、なめらかすぎて力が加わらず、横にそれてしまう。男はキダ氏に報告した。
「ごらんのとおりです。わたしの手にはおえません」
「なにか、方法があるはずだ。なんとかして追い出せ」
キダ氏も手をかし、さらには近所の人にも来てもらって、いろいろと試みた。棒を使ってみたり、ナワでしばろうとしたりした。しかし、ロボットは氷以上に、きわめてなめらかで、すべて失敗に終った。
といって、ロボットのほうは、べつにあばれるわけでもなく、キダ氏のそばにじっと立っているだけだ。だが、無害らしくても、正体不明のロボットにくっつかれては、いい気持ちではない。なんとか、帰ってもらわねばならない。
キダ氏は、ロボットをよく観察した。製造会社の名がわかれば、そこに電話し、取りに来させようと思ったのだ。しかし、手がかりになるようなことは、なにも書かれていなかった。これでは、文句のもってゆき場がない。
考えたあげく、キダ氏は警察に電話して訴えた。
「じつは、変なロボットにつきまとわれて、困っているのです。なんとかしてください」
「で、どんなロボットなのですか」
「ええと、色は……」
と、キダ氏はくわしく説明した。すると、警察はさらに聞いてきた。
「なにか、あばれでもしましたか」
「いや、いまのところは……」
「それでは、警察の出る幕ではありません。物品をこわすとか、被害が発生すればべつですが」
「しかし、生活が乱されます。警察が力を貸してくださっても、いいでしょう」
「お気の毒ですが、これは規則です」
期待に反した、そっけない返事だった。まったく官僚的だ。警察がたよりにならないとわかり、キダ氏は腹をたてた。どうやら、自分の力で始末しなければならないようだ。
いい作戦も思いつかないまま、キダ氏はロボットを眺めていた。いまに、なにかをはじめるのではないかと思ったのだ。性格や目的がわかれば、対策の立てようがある。だが、ロボットはなにかをするけはいを示さなかった。キダ氏はあきらめ、ゴルフでもしようと思い、服を着かえて外へ出た。
すると、ロボットはあとについてくる。ゴルフ場を回りはじめても、やはり同じだ。ゴルフのバッグぐらい持ってくれてもいいと思ったが、ロボットはなにもせず、ただいっしょについてくるだけなのだ。キダ氏は気が散って、あまりいい成績をあげなかった。
別荘に戻って、キダ氏は食事をはじめた。その時も、ロボットはそばに立ち続けだった。しかし、少しだけ動作をした。テーブルの上の料理を、ちょっとつまみ食いしたのだ。キダ氏は首をかしげて言った。
「おまえは、なんのために作られたのだ。どこからやってきたのだ。なにも働かないロボットなど、わけがわからん。しかも、つまみ食いという、ロボットらしからぬことをやるとはな……」
しかし、ロボットはなにも答えず、正体は少しも判明しない。追い払うのが不可能となると、こっちが逃げる以外にない。
キダ氏は自動車に乗り、都会の自宅に帰ろうとした。しかし、ロボットもさっと車に乗りこんでしまう。その時の身動きだけは、いやにすばやいのだ。車外に押し出そうとしても、手がすべって力がはいらない。何回か試みたあげく、キダ氏はそれをあきらめ、帰宅をやめた。
覚悟をきめて、ベッドにはいった。夜中に飛びかかってくるのかもしれないという不安はあったが、ほかに方法はない。追い払うことも逃げることもできず、警察もたよりにならないのだ。ロボットは人を殺傷しないという原則を、信頼するほかはなかった。
しかし、なにごともなく朝になった。あたりを見まわすと、ロボットは消えてもいず、ベッドのそばに立っていた。ずっと、そこに立ち続けだったらしい。
キダ氏はロボットに、いくらか親密感をもった。敵意はないらしいと、わかったからだ。こんな生活が、三日ほどつづいた。依然としてロボットは帰ろうとせず、なにもやらず、正体不明のままだった。
ある日の午後、キダ氏は散歩に出た。人通りのない山道を、ゆっくりと歩いた。例によって、ロボットがついてくる。
景色のいい場所に来て、キダ氏は足をとめた。ロボットもとまる。影のような存在だった。しかし、キダ氏はそんなことにかまわず、パイプをくゆらせながら、湖や遠くの山々をぼんやりと眺めていた。
その時、とつぜん変化がおこった。ロボットが不意に動いたのだ。それとほとんど同時に銃声がし、なにかに弾丸の当る音がした。つづいて、もうひとつ銃声。その弾丸もロボットに当ってそれたらしい。キダ氏は驚き、ふるえながら身を伏せた。
キダ氏が安全な姿勢をとると、ロボットは銃声のしたほうにかけていった。これまた、すばやい動きだった。
やがて、銃を持ったひとりの男をつかまえてきた。手のひらの内側だけはすべらないようになっており、それで男をつかまえている。よほど強い力らしく、男はいかにもがいても逃げられない。
そのうち、どこからともなくかけつけてきた警官に、ロボットは男を引き渡した。キダ氏は警官に質問した。
「いったい、なにごとなのです、そいつは」
「あなたをねらって、殺そうとした男です。おそらく、あなたの会社の商売がたきからたのまれたのでしょう。どこの会社かは、取り調べて白状させます」
「しかし……」
キダ氏は、首をかしげたままだった。競争の激しい業界だから、そんなことを考える社があるかもしれない。だが、このロボットはなんなのだ。それは、警官が小声で説明してくれた。
「あなたがねらわれているらしいとの情報が、警察にはいったのです。そこで、わたしたちは、このロボットを派遣したのです。レーダーの性能もそなえており、弾丸を身をもって防いでくれます。また、犯人をとらえたら、電波で知らせてもくれるのです」
「なるほど、ボディガード・ロボットだったというわけか。しかし、それならそうと、電話の時に教えてくれてもよかったでしょうに」
とキダ氏は不満そうだった。だが、警官は、
「お教えすると、あなたは警戒なさり、犯人がなかなかつかまりません。そのほうが、かえって不安ではありませんか」
「そうかもしれないな。つまみ食いをしたのは、食事に毒がはいっているかどうか調べたわけだな。いや、こんなロボットができているとは、知らなかった」
「というわけですから、このことは内密に願います。他人に話されて悪人たちに知れると、つぎに効果が薄れてしまいます。故障した変なロボットにつきまとわれて困った、といった程度の話にとどめておいてください。いずれにせよ、ぶじにすんでよかったですね」
警官は犯人を連れて引きあげていった。ロボットもまた、任務を果たしたので、そのあとについて帰っていった。
キダ氏は残りの休暇を、ほっとした気分でゆっくりと楽しむことができた。