宇宙船ガンマ九号は、どこへともなく飛びつづけている。どうなっているのかわからない計器にまかせ、進んでいるのだ。ちょうど、目かくしをされ、だれともわからない人に手を引かれて、歩きつづけているようなものなのだ。
犬のペロは、のんびりと眠っているが、ノブオは、ときどき、たまらなく心配になる。そこで、ミキ隊員に話しかけてしまうのだった。
「ぼくたちが飛び立った、あの、人の住んでない町ばかりの星。住民たちはどうしてしまったのでしょう」
「わからないわ。宇宙のなぞというものは、そう簡単にはとけないのよ。注意ぶかくとりくんで、少しずつわかってくるものなのよ」
「いったい、ぼくたち、どこへ進んでいるんでしょうね」
「それを調べるのが、あたしたちの任務じゃないの」
何日か宇宙の旅がつづいた。
宇宙船内の無電機が、
〈ピーッ、ピーッ〉
という音を、かすかに受信しはじめた。それを耳にして、ミキ隊員が言った。
「あら、救助信号よ。さっそく、その方向にむかいましょう」
「でも、この宇宙船の計器は、正常じゃないんでしょう。電波を受けないで、勝手に鳴ってるんじゃないんですか」
ノブオの質問に、ミキ隊員は、はっきり答えた。
「行ってみても、だれもいないのかもしれない。また、なにかのワナかもしれないけど、宇宙で働く者としては、救助信号を聞いたからには、なにをおいても、すぐそこにむかう。これがきまりなのよ」
ミキ隊員は、操縦席について、その方向へとガンマ九号を進めた。やがて、星が見えてきた。空にただよう白い雲をつきぬけ、地上へむかう。
そして着陸。地上は、草におおわれた小高い丘が、いくつもつづき、ところどころに林がある。気温はあたたかい。
「おだやかなながめですね。発信している人、どんな目に会って、救助を求めることになったのでしょう」
ノブオはふしぎがった。
「外へ出て調べてみましょう。電波探知機によると、信号は、あっちのほうからよ」
ふたりは、外へ出た。ペロもついてきた。ペロは宇宙の旅にあきたのか、喜んでかけまわった。
丘をいくつか越えて進むと、なにか物音がした。重い物が動くような、どしん、どしんという地ひびきもする。
その音は、しだいに大きくなり、丘のむこうから、それは、突然姿を現わした。大きな大きな動物だった。むかしの地球にいたという、恐竜のようだ。首が長く、尾も長く、高さは二十メートル以上もありそうだ。ノブオが叫ぶ。
「わあ、出た……」
「光線銃をうつのよ。そして逃げるのよ」
ノブオは、引き金を引いた。しかし、光線は出なかった。ミキ隊員のも、やはり同じだ。
「どうしたのかしら。銃をさびさせる成分が、大気中にふくまれているのかもしれないわ。さあ、早く宇宙船へ逃げましょう」
ふたりはかけだした。恐竜は、あとを追ってくる。すばやい動きではないが、からだが大きいので、歩くはばがひろい。
ふたりとの距離はちぢまる一方だ。ふたりはくたびれてくる。
「ぼく、もうだめだ。走れない」
「なんでもいいから、走るのよ。つかまったらおしまいよ!」
しかし、ノブオは、力がつきてしまった。恐竜はすぐそばまで追いついてきた。こんなに大きいのが相手では、飛びかかっていっても、はねかえされるだけだ。そして、ふみつぶされるのだろうか。食べられてしまうのだろうか……。
その時、いっしょに走っていたペロが、勢いよくほえながら、別な方角にかけだした。恐竜は、その鳴き声に興味をもったらしく、ペロのあとを追いはじめた。
「あ、ペロがやられちゃう……」
ノブオは、疲れも忘れて言った。だが、ミキ隊員は冷静に言う。
「さあ、このすきに逃げましょう。あたしたちには任務があるのよ。それを忘れちゃだめよ」
立ち止まろうとするノブオを、ミキ隊員は強く引っぱった。やっと宇宙船へ戻る。このなかなら、恐竜にやられることはない。
ほっとしたとたん、ノブオは泣きだした。
「ペロがいなくなっちゃった。いまごろはもう、恐竜に追いつかれ、食べられちゃっている。いつまでも逃げきれるはずはない」
それをミキ隊員はなぐさめた。
「あたしだって悲しいわ。だけど、ペロはあたしたちを助けようとして、犠牲になってくれたのよ。もしペロがああしてくれなかったら、みんなやられてしまっていたわ。これからは、ペロのぶんまでがんばりましょうね」
「はい……」
うなずいたが、ノブオの悲しみは、そうすぐに消えない。夜になって眠ると、ペロの夢を見た。仲よくふざけあっている夢だ。
だが、ふと目をさますと、もうそのペロとは会えないことに気づく。さびしさはさらにはげしくなり、ノブオは胸が痛くなるのだった。
朝になると、ミキ隊員は言った。
「ここの恐竜には弱ったわね。光線銃の修理には、時間がかかるし、眠りガス弾でも持って行きましょうか。救助信号を出している人のところに、早くたどりつかなくては……」
ペロのことにはふれなかった。それを口にすると、ノブオが悲しむからだ。
「あんなに大きな恐竜です。眠りガス弾も、よほど、たくさん使わなければ、きかないかもしれませんよ。それより、逃げる時に油をまいて、すべってころばせる作戦はどうでしょう」
と、ノブオは意見を言った。ここは地球ではなく、きびしい宇宙なのだ。ペロのことをいつまでも悲しんで、任務をおこたることは許されない。宇宙船の受信機は、ピーピー鳴りつづけている。救助を求めている人間が、この近くで待っているのだ。
また、基地の人たちの大ぜいが、いま、異変で困っているのだ。その解決のために、ぼくたちは、出発してきたのだ。
そう考えて、ノブオは元気を出そうとした。しかし、ペロがすぐそばにいるような気がして、あたりを見まわしてしまう。そして、声がつまり、しぜんに涙が出てきてしまうのだ。
突然、ノブオが叫んだ。
「あ、ペロの声がする」
ミキ隊員がきびしい口調で言った。
「気のせいよ。ペロのことは、もう忘れなさい」
「ほんとですよ。聞いてごらんなさい」
耳をすますと、遠くでたしかにペロのほえる声がしていた。ノブオは宇宙船を出てかけだした。
「お待ちなさい……」
と、呼ぶミキ隊員の声も耳に入らない。丘を二つほど越えると、むこうからペロがかけてきて、ノブオにとびつく。ノブオはだきしめ、頭をなでながら言った。
「よかった。ぼく、どんなに悲しんだかしれないぞ、こいつめ……」
泣いたり、笑ったりしていたので、ノブオはあたりに注意するのを忘れていた。地ひびきに気がついた時には、もうおそい。
すぐそばの丘のかげから、恐竜が姿を現わしていた。あまり、突然だったので、ノブオは足が、すくんでしまった。
ああ、ぼくはやっぱり子供なんだ。すぐに大切な任務を忘れてしまう。ミキ隊員の命令を聞かなかったのがいけないんだ。
こんどはペロも、なぜかほえてくれない。
恐竜は、すぐそばまできた。ノブオは、ふるえながら目をつぶった。もう助からない。お父さん、お母さん……。
しかし、なかなか、かみつかれも、ふみつぶされもしなかった。長い長い時間がたったような気がした。そのうち、顔になにかがさわるのを感じた。おそるおそる目をあけると、そこに恐竜の顔があった。
恐竜にほおずりされるというのは、変な気持ちだ。生きたここちがしなかったが、やがて落ちついてくると、恐竜は意外にやさしい目つきをしていた。こっちをやっつけようとしているのではないらしい。それどころか、なれなれしいような感じさえした。おとなしいやつだったんだ。
ノブオがペロをだき、恐竜をあとに連れて戻ってきたのを見て、ミキ隊員は目を丸くした。
「信じられないわ。どういうことなの、これ……」
ノブオは、この恐竜は、どうやら危険な存在でないらしいことを説明した。ミキ隊員は安心した。ゆっくり外を歩けるとわかったからだ。
「じゃあ、出かけましょうか。この小型探知機を持って進みましょう」
宇宙船を出発すると、恐竜はあとについてくる。その背中にペロがかけあがったりするが、恐竜は別に怒らない。途中で何頭かの恐竜に出会った。どれもおとなしく、歓迎のつもりか、しっぽを振るのもあった。
探知機の示す方向に進むと、やがて丘の途中に、ほら穴をみつけた。救助信号は、そのなかから発信されているのだとわかった。
注意しながら入ってみると、ひとりの隊員が、眠っていた。そのそばには、スイッチの入った救助信号用の小型無電機があった。
ミキ隊員は、ひと目見て、それがふつうの眠りでなく、冬眠剤を飲んだ眠りとわかった。そこで、ポケットから薬を出し、注射する。めざめさせる薬なのだ。
まもなく、眠っている隊員の呼吸は大きくなり、やがて目を開き、あたりを見まわしながら言った。
「あ、ぼくは助かったんですね。どうもありがとう。ぼくはツジ隊員です」
「あたし、ガンマ基地からきたミキ隊員。でも、こんなところでどうなさったの」
「調査のために、この星におりてみたのです。しかし、外へ出て、しばらく進むと、恐竜に追いかけられた。銃は故障で使えない。宇宙船と反対のほうにかけだしてしまいました。やっとこの穴にかくれたのですが、外には恐竜がいて、出られない。しかたがないので、冬眠剤を飲んで救助を待つことにしたわけです」
食べ物なしで何ヵ月もすごすのには、からだを動かさずに眠りつづけるのがいちばんいいのだ。
「ぼく、モリ・ノブオです」
と、ノブオはあいさつした。それから、ここの恐竜はおとなしい性質であることを説明した。ツジ隊員は、とてもくやしそうだった。知らなかったばっかりに、この穴のなかで、長いあいだ眠ることになってしまったのだから。
ツジ隊員は、ミキ隊員と、いままでのことを報告しあったあと、自分の宇宙船のほうへ戻っていった。冬眠からさめた人は、しばらくたたないと、ふつうのからだに戻らないのだ。そのためツジ隊員は、何日か休んで、あとから出発することになった。
ノブオたちのガンマ九号は、ひとあしさきに出発し、また宇宙の旅をつづけた。ノブオは言う。
「あの恐竜たち、いやになれなれしかったなあ。地球へ連れて帰りたい感じでしたね」
「どうして、あんなにおとなしい性質になったのかは、いずれなぞもとけるでしょう。でも、ぶじにあの星を出られてよかったわね」
「なにもかも、ペロのおかげですよ。おい、ペロ。おまえはぼくたちを助けるために、あんなことをしてくれたのかい。それとも、おとなしい恐竜とわかってやったのかい」
ペロは、わんわんとほえた。どっちなのか、ノブオにはわからなかった。しかし、そんなことはもう、どっちでもいいのだ。ぼくは助かったのだし、ペロとも別れないですんだのだ。