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言葉をください12

时间: 2020-05-15    进入日语论坛
核心提示:わたしはカモメそのとき海はまだ昏《く》れていなかった。わたし四十六歳。数年ぶりに海へ入れるうれしさでいっぱいだった。浮袋
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わたしはカモメ

そのとき海はまだ昏《く》れていなかった。わたし四十六歳。数年ぶりに海へ入れるうれしさでいっぱいだった。浮袋をつけてポカリと水に浮く。淡い曇り空に鈍色《にびいろ》の太陽があった。浜の人影はまばらで、遠い子供の声がしていた。波のまにまに浮いて流れて、私は引き潮に乗ってかなりの沖合いまで出ていたらしい。
水平線と空のさかい目がさだかでないのは曇天のせいか夕ぐれのせいか、考えていて私はごくわずかな時間をねむったのかもしれない。全く不意に天へ突き上げられる自分を感じた。巨大なくらげの傘が私を包み込みからみつく。甘美な光の矢が脳天まで貫いて。──やがてけだるい恍惚《こうこつ》の刻が訪れた。はッと我に返ったときの海の色のおそろしさを私は今も忘れない。脚を立ててみた、その海水の冷たさ。胸が早鐘を打つ。浜はかすんでもう見えない。帰らねばならぬ。死にたくない、助けて!
私は夢中で水を掻いた。足をばたつかせた。生きたい一心で引き潮と闘った時間。瀬戸の夕凪《ゆうなぎ》が私を救ってくれたのだとは後で知ったことである。藻のように打ち上げられた私は人々にとり囲まれた。先刻の出来事は夢だと思いたかった。誰にも言えることではなく、また信じてもらえることでもなかった。
「ねむりこけて死にかけた馬鹿」と笑われ叱られて一件落着したのだが──。
東京の『百味』という誌に“海と契った女”なる一文を書いた。書くことで夢は急に現実となった。そんなある日、何気なくテレビを見ていて驚いた。そこには私の体験とおなじ光景が映し出されているではないか。勝新太郎が女優のH嬢をつれて南の島へ写真を撮りに行った。その成果の放映であった。「そこだ、そこで海と結ばれるんだ。いいか、本気でやれ」。H嬢は女優である。海との結婚シーン、恍惚の一枚が演技なのか実際に起こったことなのかはわからない。けれども彼女は美しく完璧に海に抱かれてみせたのである。
私は複雑な気持ちから当分放たれなかった。ちょうどオリジナルの服で歩いていて同じ服の女と出遇ったような──。そしてやっと最近、別の考え方に辿りついたのである。私のような体験者はワンサといるのではないか。
そこで某社の女性記者に話してみた。彼女は「信じます」と答えてくれた。それは、海鳴りの宿で彼女もまた、来る筈のない人を迎え入れた体験の持ち主だったからである。
口から口へ契りの水のつめたさ
どこまでが夢の白桃ころがりぬ
仏遠しゆうべゆめみし身であれば
黙契や千鳥格子の千鳥とぶ
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