恋を恋してウエットであった私がゴム跳びのゴムを一段高い枝に結んだのは、次の句によって卑猥《ひわい》な言葉を浴びせられたのが一つのきっかけになったように思う。
凶暴な愛が欲しいの煙突よ
若い私はムキになって自分の素直な願望をわかってもらおうとした。たかぞらにより高くそびえる煙突は当時の私を支えてくれるにふさわしかった。一見平和な日々が拷問と思える。強烈な何かに私は憧れた。
煙もくもくもくもく生きてゆき給え
と励ましてくれたのも工場の煙突だった。そうなると私には美徳と称されるものすべてが嘘に見え出した。もっと正直に、もっと自由に私は生きたかった。昭和三十四年に皇太子が結婚した。一見平和な家ではテレビジョンというものを買い、その前に私も坐って美智子妃の馬車を観た。
瞳孔をしぼって嘘を見ています
蛇口ほとばしれ忽《たちま》ち海となれ
おそろしい音がする膝抱いており
自負ありて冷たき乳を胃に流す
掌の中に響き鳴く蝉握りしめ
銃口の前刻々に透きとおり
寒菊の忍耐という汚ならし
蛇口ほとばしれ忽《たちま》ち海となれ
おそろしい音がする膝抱いており
自負ありて冷たき乳を胃に流す
掌の中に響き鳴く蝉握りしめ
銃口の前刻々に透きとおり
寒菊の忍耐という汚ならし
そうして遂に
恋成れり四時には四時の汽車が出る
私は頭を上げて胸を張って歩きたいと思った。文芸は事実の報告ではない。真実の吐露でこそあらねばならぬ。生意気盛りの三十歳が転機に立った。もう何者にも怯《おび》えることはないのだ。太陽がふりそそぐ恋。
シャンと鳴れシャンシャンと鳴れ恋の鈴
渚あり一人に一人駈け寄りぬ
風と人のほかに何ある恋やせん
この世かな胸の鼓を打ち合わす
小躍りの雀踊っていいのだよ
恋なれや鞴《ふいご》の風も力まかせ
君は日の子われは月の子顔上げよ
渚あり一人に一人駈け寄りぬ
風と人のほかに何ある恋やせん
この世かな胸の鼓を打ち合わす
小躍りの雀踊っていいのだよ
恋なれや鞴《ふいご》の風も力まかせ
君は日の子われは月の子顔上げよ
私は根っからの男性崇拝者である。私が好きな男性は常に斜め上に仰げる位置に居てほしかった。あんまり偉いと真上の太陽で、ふり仰ぐ首が痛いから斜め上がいい。それには私も自分を磨いて向上しなければならない。
私のねがうその理想像は社会的地位とか学問のあるなしには全く関係なかった。魂の清らかさにおいて、心の広さ深さにおいて、人間の大きさにおいて、誠意において、男は私の中で像を結んだ。
坂口安吾は「奪って食う」のが愛だといった。キリストは与えることが愛だという。男と女の戦いは凄まじいものだと聞いた。けれども私には観念的な罪の意識と、その反動としての私の太陽が永遠を告げるばかり。「恋」は必ず終わるという定説も実感としてはまだ信じていなかった。
私のねがうその理想像は社会的地位とか学問のあるなしには全く関係なかった。魂の清らかさにおいて、心の広さ深さにおいて、人間の大きさにおいて、誠意において、男は私の中で像を結んだ。
坂口安吾は「奪って食う」のが愛だといった。キリストは与えることが愛だという。男と女の戦いは凄まじいものだと聞いた。けれども私には観念的な罪の意識と、その反動としての私の太陽が永遠を告げるばかり。「恋」は必ず終わるという定説も実感としてはまだ信じていなかった。