静かで
もう ヒト でなく
まだ ヒト であり
実った葡萄を
一房 一房 切り取っていく
伸び切った葉っぱを
一枚 一枚 片付けていく
こ こ
今 現実にいない 父の意識は生涯愛した 葡萄園の中にいて
溌刺と動き回る 過去にいて
病を持たない体で
わ ら
微笑いながら たわわな葡萄を収穫していく
病室の永い夜の孤独を
時計の針で計っている
永い永い と繰り返し言い続ける父の傷みを
知ろうともせず
涸れていく父の生命を
解ろうともせず
ただ わたしは
宇宙の中をさまよっている父の意識と
話をしていた
「春」 は 何故
「花」 から始まるのだろうか
「春」 が
い き
父に 呼吸することを忘れさせたというのに 「春」 が
父の心臓の音を吸い取ってしまったという
のに
「春」 に
父は 死んだ というのに
ひとつの固体になってしまった 父の体は
もう ヒト でなく
まだ ヒト であり
生涯愛し続けた 葡萄園に佇立している
夢から 還れないままに
解き放たれた 魂のままに