私の来し方がまざまざと立ちのぼってくる
左右の羽の 形がちがう 大きさがちがう
濡れた子猫のように縮みあがっている
母は私が三歳のときに死んだ
母の分までも私を守ってくれた父
夏休みの宿題は徹夜でやってくれ
いじめっ子をみると
その子の前に立ちはだかってくれた
隈なく守られて臆病になった私は
父の影のなかに私だけの野原をつくった
そこでは小鳥や虫を意のままに動かせた
そこでは風に舞う麦藁帽子よりも自由だった
父の死後も野原をでることがないままに
一本の木のように夢想の枝葉を茂らせた
残り時間を数えるようになって
うかうかと過ぎ去っていった日々への
悔いが芽生えた
惰眠を貪りつづけて
ぎこちなくなった十本の指で
初めて真剣に青いりぼんに取り組む
りぼんとりぼんが触れ合う
シュルシュルと言うはかない音は
羽化を待っている蛹の心音だ
来し方から脱皮したい今の私を
その心音に重ねてゆく
もう一度 初めからもう一度
ついに出来た
左右の羽の形は完璧な対称だ
ありったけの力で羽を広げてる
私の見守るなか蝶は大きく羽を動かしながら
窓をでて空の高みへと舞いあがった
今こそ私の野原を確と脱ぎ捨てる
半開きの歳月をかさねてきた
眼に 耳に 鼻に 舌に 皮膚に
高鳴る胸の鼓動を送り込む そして
茜に染まるこの指で 私の名残を打ち鳴らす