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燃えよ剣09

时间: 2020-05-26    进入日语论坛
核心提示:八王子討入り歳《とし》の鬼あし。といえば、日野宿かいわいで歳三の少年時代を知る者なら、たれでも知っている。この男の足は鬼
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八王子討入り

——歳《とし》の鬼あし。
といえば、日野宿かいわいで歳三の少年時代を知る者なら、たれでも知っている。この男の足は鬼のように迅《はや》い。
沖田総司などは、
——土方さんは化物ですね、韋駄天《いだてん》の。
と、からかったことがある。歳三は、(なにを云やがる)とそのときはむっとだまっていたが、こういうことでも根にもつ男で、だいぶ日がたってからだしぬけに、
「沖田、知らねえのか。足の達者なものは智恵も達者、というほどのものだ」
そんな脚である。歩きだすとむっつりとだまり、眼ばかりぎょろぎょろ光らせ、独特の不愛想づらで、とっとと街道を足で噛むようにして歩いてゆく。
その夕、まだ七里研之助が近藤勇と話をしている刻限、歳三は小石川柳町の道場を影のようにぬけ出た。
甲州街道十三里を駈けとおして八王子の浅川橋を渡ったときは、まだ夜が明けていない。たしかに鬼のような健脚である。
(七里はまだ舞い戻っちゃいねえだろう)
宿場に入ると、早立ちの旅人のための茶店が、すでに雨戸を繰《く》っている。
歳三は、浅川橋を渡ったところにある辻堂の裏で衣裳を変え、例によって「石田散薬」の薬売りに化けた。
紺手拭で顔をつつんでいるが、往来はまだ暗い。刀は|こも《ヽヽ》でくるんで横山宿の旅籠《はたご》江戸屋にはいった。
「おれだよ」
めずらしいこと、と、飯盛たちがさわいでくれた。ふるいなじみの|やど《ヽヽ》である。むろんこの旅籠では歳三を、薬屋としかおもっていない。
ここで一刻《にじかん》ばかりぐっすりねむり、あとは膳をもって来させ、めしに汁をぶちかけて存分に食った。
(これでいい)
往来へ出た。朝霧が、つめたい。
旅人が、霧の中で動いている。ここから千人町の比留間道場まで、二キロほどのところだ。歳三はすぐには行かない。事をおこすと火の出るほどに無茶をやる男だが、それまでは不必要なほど慎重に手配りをする。
まず例の専修坊へ立ち寄った。道場の様子を知るためである。寺の境内の太鼓楼のそばにある寺男の小屋へ入ろうとすると、方丈の縁で日向ぼっこをしていた老院主《ろういんじゆ》がめざとくみつけて、
「薬屋か」
手まねぎしてくれた。運がいい。歳三は、院主へ笑顔を作ってみせた。
「ちかごろ、どうしている」
院主は、歳三を縁側にすわらせ、手ずから煎茶をいれてくれた。
「相変らずでございます」
「結構だな」
院主は、菜の漬物を一つまみ、歳三の掌にのせてくれる。
「それはそうと、比留間道場へ嫁《い》らしたお姫《ひい》さまは、お達者でございますか」
「|せん《ヽヽ》か。ありがとう。息災だ」
と、院主は仏のような人物である。まさかこの薬屋が手のつけられない悪党で、娘が犯されている、とは知らない。
「しかし、あれだよ」
と、院主は相変らず話好きだった。
「比留間道場のほうは、だいぶごたごたしているようだよ」
「ほう」
歳三は、愛嬌よく小首をかしげる。
「どういう次第で」
「なあに、博徒の縄張り争いとおなじようなものさ。むかしはこのむこうの浅川の流れを境にして、東は天然理心流、西は甲源一刀流、ときまっていたものだが、世の中が攘夷騒ぎなどであらっぽくなってきたせいか、互いに力で縄張りを奪《と》りあいしようとする。元亀《げんき》天正《てんしよう》の戦国の世にもどったようなもんだね」
老僧は、娘の|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》に似た一重《ひとえ》まぶたの眼をほそめながら、
「なんでも婿どのの話では日野宿石田在のうまれの男で天然理心流の塾頭をしているナントカという男が、こいつが手におえない悪党《ばらがき》で、比留間のほうでもこれを分倍河原におびきだして叩っ斬る計略だったそうだが、逆にこっちに何人かの手負《ておい》を拵《こしら》えやがって、風をくらって江戸へ逃げたそうだよ」
「おもしろい男でござんすねえ」
「なにが面白いもんか。どうせ、面《つら》をみてもいやなやつだろう」
「へえ」
歳三は、ゆっくりと茶を服《の》んだ。
「どうだ、もう一服」
「へえ、ありがとうございます。——しかし、甲州街道筋のうわさでは、比留間道場の塾頭の七里研之助という男も相当な悪党《ばらがき》で、評判がわるうございますよ」
「そうらしい」
老僧は、うなずいて、
「なんでも、あの七里という男は、もともと八王子剣客でも甲源一刀流でもなくて、上州から流れてきた傭い塾頭だそうだ。婿どのの比留間半造も、内心手を焼いているらしいが、あの男がきてから、百姓や博徒の門弟がぐっとふえているから、婿どのも目をつぶっているのだろう。しかし腕はめっぽう立つそうだよ」
「ほほう」
「いまに、八王子の甲源一刀流が三多摩の雑流を打ちくだいて西武《せいぶ》一帯に覇《は》をなすと豪語しているという。どうだ、もう一服」
「へい?」
歳三は、ほかのことを考えていた。
「茶だよ」
「足りましてございます」
辞儀をして立ちあがり、そのまま山門を出て街道筋にもどった。
霧は、晴れている。歳三は、宿場の軒端《のきば》をつたいながら、西へ歩いた。
八王子宿は甲州街道きっての大宿場で、西にむかって長く、小宿《こじゆく》にわけると十五宿にわかれる。その小宿を横山、八日市、八幡、八木、と歩き、武家屋敷のならぶ千人町の角まできたときには、すでに陽も高くなっていた。
(さて)
歳三は、ためらいもしない。比留間道場の門前をゆうゆうと通って、そのままの足で裏木戸へまわった。それだけではない。放胆にも、ぬっと邸内に入ってしまったのである。真昼の押し込みに似ている。
幸い、人影はない。
(不用心なことだ)
歳三は、両肩をすぼめ、道場と屋敷のあいだにある狭い通りぬけをゆっくり通った。勝手はわかる。このまま通りぬければもう一つ木戸があり、それをあければ、裏は一面の桑畑がひろがっているだろう。
そこを通りぬけようとしたとき、背後で、がらりと戸があいた。
(………)
やっと、足をとめた。そのくせ、背後をふりむこうとはしない。もしとがめられたら、
——へえ、薬屋でございます。
という言葉も用意していた。もうこの道場では、そんな偽装も通らなくなっているのだが、歳三はぬけぬけとやってのける糞度胸も用意している。
「………」
歳三は、なおも背後をふりむかない。ところが奇妙なことに、背後の者も、だまりこくったまま、声もかけないのだ。ただ、はげしい息づかいだけはきこえてきた。女である。
(|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》だな)
都合がいい。会おうとした者にいきなり会えるなどは、やはり体を知りあった男女には、眼にみえぬ糸のかよいあっているものなのか。しかし歳三は、
(おれだよ)
ともいわず、歩きだした。
その薬屋姿の背後に、|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》は、唇から色を喪《うしな》って、ふるえながら立っていた。もはや色恋沙汰という感情ではない。恐怖といっていい。この男は、なんのために自分の婚家に、こうもしばしばやってくるのだろう。
むろん、|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》は、歳三が、じつは薬屋でなく天然理心流の塾頭であることも知っているし、六車斬りから分倍河原の喧嘩までのいきさつをいっさい知っている。
それだけに、おそろしかった。
木戸の手前で、この薬屋はゆうゆうと右へ折れた。ここに納屋《なや》がある。よく勝手を知っている。納屋は、味噌蔵と什器蔵《じゆうきぐら》にかこまれていて、ここへはめったに家人も門人も来ないことも、この男は、よく馴れた盗賊のように知っていた。
もう一つ、薬屋は、|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》の心もよく知っていた。
(かならずついてくる。——)
事実、|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》は、足音を忍ばせ、惹《ひ》かれるように歳三の背中を追った。納屋と蔵のあいだで、歳三は待っていた。
歳三は、手をのばして|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》を引きよせ、いきなり抱きすくめた。
「迷惑か」
耳もとでささやいた。迷惑は当然である。歳三は囁《ささや》きながら左手で|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》の裾を割り、むざんな仕掛けをくわえている。|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》は、抱かれて立っていた。|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》の素足は|どく《ヽヽ》だみ《ヽヽ》の茂みを踏み、その葉の青い汁が、足の指を濡らしている。温和《おとな》しい女だ。
身をよじって抗《さから》いはしなかったが、それでもこの女にしては精一ぱいの努力で、
「もう、来てくださいますな」
と、小さな声でいった。そのとき陽がにわかに翳《かげ》った。風が土蔵の西棟におこって栗の木がさわぎはじめている。
「あんたも悪い男に縁をもったことだ」
歳三の声が、乾《かわ》いている。
「厭《いや》」
「しばらく、動いてくれるな」
歳三の指に力が入った。|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》は、泣きそうになった。が、もがこうにも、歳三の片腕は|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》の体を抱きすくめて動かせない。
「あの、こんな、真昼に。——」
「夜ならば、いいと申されるのか」
「もう、おそろしゅうございます。ここへは来てくださいますな」
云いながらも、やっと立っている|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》の足は、|どく《ヽヽ》だみ《ヽヽ》を夢中で踏みにじっている。
「それは、堪忍《かんにん》。——」
「されば、あすの夜|十時《よつつ》、桑畑に面した裏木戸をあけておいてくれ。忍んで来る。最後の想いを遂げれば、もはや二度と来ぬ。このこと、承知してくれような」
「はい」
かすかにうなずいた。
(これでよい)
歳三は、|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》への用は済んだ。あとは、そのひらいた木戸から、沖田総司、原田左之助、永倉新八らを導き入れれば、それで済むことである。
(この悪党《ばらがき》め)
とは、歳三は自嘲しない。いまの場合歳三には喧嘩に勝つことだけが重要なのである。

その翌夕、歳三が旅籠江戸屋で待っていると、予定どおり沖田らがやってきた。
かねて打ちあわせどおり、旅籠の者に怪しまれないように、歳三とはまったく別の客としてかれらは階下にとまっている。
めしが済んでから、沖田総司は一人で歳三の部屋へやってきた。
「………」
歳三はうつむいて、ひざの上でなにか細工ごとをしている。よくみると、熱燗《あつかん》の入った五合徳利に散薬を入れていた。
「なんです、それは」
「打身骨折の妙薬だ。酒に入れてあらかじめのんでおくと、ききめが早い」
「それが、土方家伝来の妙薬石田散薬というやつですか」
「おれの商売ものだよ」
相変らず、不愛想な顔だ。
原料は、かつて書いたように、土方家のすぐそばに流れている多摩川の支流浅川の河原から採る。こんにちでもなお河原いっぱいに繁茂しているトゲのついた水草だが、これをとって乾燥させ、農閑期に黒焼きにして薬研《やげん》でおろし、散薬にする。土方家では、この草の採集期(毎年|土用《どよう》の丑《うし》の日)や製剤のシーズンには村じゅうの人数をあつめてやるのだが、歳三は十二、三歳のときには、この人数の狩りあつめから、人くばり、指揮、いっさいをやった。歳三が人動かしがうまいのは、こういうところからもきている。
「これは効くぞ」
歳三は、うれしそうな顔をした。
「そうかしら。しかし土方さん、相手は骨折ですぜ。服《の》んで効くもんですかねえ」
「薬は気で服む。性根《しようね》をすえて、きっと効くものと思えば、必ず効く」
「すごい薬だなあ」
「これを階下《した》へもって行って、みんなに五、六杯ずつのませてやれ」
「みな、感泣します」
沖田は、ぺろりと舌をだした。
「武器《えもの》は木刀だ。相手がたとえ真剣できても木刀でたたき伏せる。分倍河原のときは野っ原だったからいいが、こんどはそうはいかねえ。八王子宿だからな」
「寝込みを襲うわけですね」
「ちがう」
歳三は、いった。
「ちゃんと試合をする。ただ普通の試合とちがうのは、相手をたたきおこしてむりやりに木刀をもたせてやるだけのことだ」
「なるほど」
奇想である。内実はどうであれ、形はあくまでも試合のすがたはとっている。勝てば評判がたつ。剣の道は、評判をえた側と、墜《おと》した側とでは、なにかにつけ天地の差がある。
「七里研之助がわれわれの道場にきて云いきった以上、試合はすでにはじまっている、と考えていい。油断は、したほうがわるい」
「討入りは、どこから?」
「おれがちゃんと考えてある。その場で下知《げち》に従えばいい」
まだ、十時《よつつ》まで時間がある。歳三は沖田をおっぱらって、横になった。
うとうとしていると、歳三とは古い顔馴染《かおなじみ》の年増の飯盛女《おじやれ》があがってきて、
「どう?」
といった。一緒に寝ないか、というのだ。
「いいよ」
「あたしじゃ、不足かい」
「おれァ、白粉《おしろい》くせえのが嫌いなんだ」
「変わってるねえ。じゃ、白粉おとしてあがってくるから、おとなしく寝床にくるまって待っていな。いっとくけど、あたしゃ稼業でいってるんじゃないんだよ。いい男が独り寝しているなんざ、うすぎたねえざまだから、功徳《くどく》でいってるんだよ」
「かたじけねえ。だが、おれは今夜、夜発《よだ》ちをして甲州へ出かけなきゃならねえんでね」
「おや、あんたも夜発ちかい。およしよ。階下《した》のお侍衆も夜発ちだといっていたから」
「侍は侍、おれはおれだ」
「だってさ」
飯盛女はのぞきこんで、
「あの連中、なんだかおかしいよ。比留間道場と喧嘩するんじゃないかい」
(えっ)
が、歳三は驚きを消して、ゆっくりと起きあがった。話が、洩れている。
「どこで聞いた」
「勘《かん》さ」
女は、くすくす笑ってじらした。歳三は、そっぽをむいた。|しわ《ヽヽ》に白粉がめりこんだ女の白首がやりきれない。飯盛女はしているが、五十にはなっているだろう。
「あたしの勘だよ、お前さん」
と、女は得意そうにいった。
「………」
女好きのくせに、ときどき、女というものがぞっとするほど気味わるくなることがある。というより、本心、女が憎くてきらいなのかもしれない。歳三が、女に打ちこんだことがないのは、女がこわくて、いつも逃げ腰でいるせいかもしれない。
「ねえ、ききたくないかい」
女は、骨ばった指で、歳三のひざをつついた。
「おもしろいよ、あたしだけしか知っていない芝居が、いまにこの往来でおっぱじまるから」
「どういうわけだ」
「こうだよ」
さっき、女が階下《した》の手洗いで用を足していると、往来に、侍がいた。おかしい、と思い軒端へ出てみると、武士が何人もいる。用もないのにぶらぶらと往来を歩いたり、むかいの旅館の天水桶の蔭に立っていたりして、様子が尋常ではない。
(捕物かな)
とおもったが、捕方ではない。どの顔も、比留間道場にいる若い連中である。
「比留間道場?」
歳三は、息をのんだ。
露《ば》れている。
すでに相手は、先《せん》を打って、この江戸屋を見張っているらしい。おそらく、宿場外れの暗がりには十分の人数を用意しているだろう。
(たれが、露らしゃがった)
歳三の顔から、血がひいた。|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》が、訴えたにちがいない。相違なかった。|おせ《ヽヽ》ん《ヽ》は小さな胸におさめかねて、何等かのかたちで夫の半造か、七里研之助に告げたものにちがいなかった。
「お前さん」
女は、けろけろと笑って、指で歳三を突いた。
「ずいぶん、女をだましてきたね」
「なに?」
歳三は、ぎょっとした。胸中の思案と、あまりにぴったりしているからである。が、女はべつに底意あっての戯言《ざれごと》ではなく歳三のくびに腕をまきつけてきて、
「いい男だからさ」
といった。
「どけ」
歳三は立ちあがっている。階下には、沖田総司、原田左之助、永倉新八、藤堂平助がいる。無事これだけの人数が八王子を脱出できるか、歳三にも成算がない。
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