日が暮れてきたので、おじいさんは道ばたの大きな家のまどをたたきました。
「こんばんは。通りがかりの旅人です。どうか一晩、泊めてください」
すると美しくきかざった奥さんが出てきて、家の戸を開けました。
けれどもおじいさんの姿を見ると、ピシャリと戸を閉めて怒鳴りました。
「とっととお帰り! こじきなんか、泊めてやらないよ!」
仕方なくおじいさんは、また歩き出しました。
大きな家の近くに、小さくてみすぼらしい家がありました。
おじいさんは、小さな家のまどをたたきました。
「こんばんは。通りがかりの旅人です。どうか一晩、泊めてください」
するとすぐにおかみさんが出てきて、家の戸を開けました。
「さあさあ、どうぞ。何もおもてなしは出来ませんが、ゆっくり休んでくださいな」
おじいさんが家に入ると、せまい部屋の中でボロボロのシャツを着た子どもたちが遊んでいます。
「おかみさん。どうして子どもさんたちに、あんなボロを着せておくのですか?」
おじいさんがたずねると、おかみさんは悲しそうに言いました。
「おはずかしい事ですが、子どもたちに、パンを食べさせるお金もありません。ですから新しいシャツなんて、とてもぬってやれません」
あくる朝、おじいさんはおかみさんに泊めてもらったお礼を言うと、
「おかみさん、朝に取りかかった事は、夕方まで続くでしょう」
と、言い残して出かけていきました。
おかみさんには、何の事かさっぱりわかりません。
「でも本当に、うちの子どもたちのシャツはひどすぎるわね。こじきのおじいさんまであきれたくらいだもの。そうだわ、少しだけ、きれが残っていたはず。あれでシャツの一枚ぐらいは、ぬってやれるかも」
おかみさんはさっそく隣のお金持の家へ行って、ものさしをかりてきました。
あまりぎれでシャツがぬえるかどうか、はかろうと思ったのです。
おかみさんは、わずかばかりのきれはしにものさしをあてました。
すると、不思議な事がおこりました。
小さなあまりぎれが、どんどんのびていくのです。
はかってもはかっても、はかりきれません。
きれはスルスルスルスルと、いつまでものびていきます。
とうとうおかみさんは、日がくれるまではかり続けました。
おかげできれは、おかみさんと子どもたちが一生かかっても使い切れないほど長くなっていました。
「ああ、あのおじいさんが言った言葉は、この事なんだわ」
おかみさんは隣の家へものさしを返しに行った時、この話をお金持の奥さんにしました。
するとお金持ちの奥さんは、
「しまったわ! すぐにあのじいさんをつかまえないと」
と、召使いをよんで、すぐにおじいさんを見つけて連れてくるように言いつけました。
召使いはおじいさんを見つけると、無理矢理に頼んで家に来てもらいました
待っていたお金持の奥さんは、おじいさんにありったけのごちそうを出すと、フカフカのベッドに案内しました。
さて、あくる朝になりましたが、おじいさんは帰ろうとしません。
いつまでも食べたり飲んだり、タバコをふかしたりしています。
次の日も、次の日も、またその次の日も帰りません。
「あのじいさんたら、いつまで泊まるつもりだろう。さっさと出ていけばいいのに」
お金持の奥さんは、おじいさんにごちそうを食べさせるのがおしくてたまりません。
すると四日目の朝、おじいさんはやっと帰るしたくをはじめました。
奥さんはニコニコ顔で、おじいさんがしゃべるのを待ちました。
けれどもおじいさんは、何も言わずに出ていきます。
奥さんは家の外までついて行きましたが、それでもおじいさんは一言も言いません。
奥さんはがまんが出来なくなって、自分の方から言いました。
「隣の家に言った言葉を、わたしにも言ってください!」
するとおじいさんは、じゃまくさそうに奥さんの顔を見て言いました。
「朝に取りかかった事は、夕方まで続くでしょう」
「やったー!」
お金持の奥さんは大急ぎで家の中にかけこんで、上等なきれをものさしではかろうとしました。
するとちょうどその時、鼻がムズムズしてきたので、奥さんはビックリするほどの大きなくしゃみをしました。
「ハッ、ハッ、ハックション! ハックション!」
するとくしゃみは止まることなく、ひっきりなしに続きました。
「ハックション! ハックション!」
おかげで食べる事も、飲む事も、口をきく事も出来ません。
「ハックション! ハックション!」
お金持の奥さんのくしゃみがおさまったのは、ちょうど夕日が沈んだ時でした。