「王さま、このさかなを焼いて召し上がってごらんなさい。魚でも鳥でもけものでも、どんな生き物の言葉もわかるようになりますから」
王さまはおばあさんにたくさんのほうびをやると、家来のイルジックに言いました。
「このさかなを、焼いてまいれ。だが、ひと口も食べてはいかんぞ。もしも食べたら、首をはねてやる」
「はい、わかりました」
イルジックはさかなを受け取ると、台所へ行ってさかなを焼き始めました。
「しかし、変なさかなだなあ。ヒョロヒョロと長細くて、まるでヘビのようだ」
さかなが焼け始めると、とても良いにおいがしてきました。
「王さまはああ言ったが、ちょっと味をみるぐらいならいいだろう」
イルジックはほんのちょっぴり、そのさかなをつまみ食いしました。
すると突然、どこからか小さな小さな声が聞こえてきました。
「ぼくたちにも、おくれよ!」
イルジックは、キョロキョロとあたりを見まわしました。
けれども、二、三匹のハエが台所を飛び回っているだけで、誰もいません。
「おかしいなあ?」
イルジャックが首をかしげていると、今度は外から、
「どこへ行くんだい?」
「エサ場だよ」
「なら、ぼくも行くよ」
と、声が聞こえてきました。
イルジックがまどからのぞくと、オスのガチョウとメスのガチョウが外にいて、ヨタヨタとエサ場に向かっていました。
「そうか、このさかなを食べると、動物の言葉がわかるんだな」
イルジックは、もうひと口つまみ食いをしてから、知らん顔で王さまのところへさかなの皿を運びました。
王さまはさかなを食べ終わると、イルジックをお供にウマに乗ってさんぽに行きました。
野原を通りかかった時、イルジックが乗っているウマが楽しそうに笑い出しました。
「ああ、イルジックは軽いから、いくら歩いても疲れはしない」
すると王さまを乗せているウマが、ため息をつきました。
「うらやましいねえ。王さまはブクブクと太っているから、おれはしんどくてしんどくて。いっそのこと、振り落としてやりたいよ」
ウマの会話を聞いて、思わずイルジックがクスッと笑いました。
すると王さまは、ジロリとイルジックをにらんでたずねました。
「なにを、笑ったのだ!」
「いえ、その、ちょっと、おかしい事を思い出しまして」
イルジックはごまかしましたが、王さまはきげんを悪くして引き返しました。
城に帰ると、王さまはイルジックにお酒をつぐように言いました。
「このさかずきに、ちょうどいっぱい酒をつげ。少なかったり、あふれさせたりしたら、すぐに首をはねてやる」
イルジックは、しんちょうにお酒をつぎはじめました。
するとその時、まどから二羽の小鳥が飛び込んできました。
一羽の小鳥は、美しい金の髪の毛を三本くわえていました。
「返せ、それはぼくのだよ!」
「いやだ。ひろったのはぼくだもの」
「だけど、あの美しいお姫さまが金の髪の毛をとかしていた時、髪の毛が落ちたのを見つけたのはぼくだよ。二本でいいから、返してくれよ」
「いやだ。一本だって、やるものか」
二羽の小鳥が髪の毛をうばいあっているうちに、一本の髪の毛がゆかに落ちてスズのような音をたてました。
イルジックはついそっちをふりむいて、お酒をあふれさせてしまいました。
「お前の首を、はねてやる!」
王さまは、剣を抜きました。
「だが、この金の髪の毛を持つ姫を見つけて、わしのところに連れてきたらゆるしてやろう」
こうしてイルジックは、金の髪の毛を持つ姫をさがす旅に出ました。
イルジックが森のそばを通りかかると、牧童(ぼくどう→カウボーイ)たちがしげみを焼いていました。
しげみの向こうにはアリ塚があって、今にもほのおに焼かれそうでした。
見るとたくさんのアリたちがタマゴをかかえて、オロオロと逃げまわっています。
「待ってろよ」
イルジックはしげみを切り払って火を消すと、アリたちを助けてやりました。
アリは喜んで、イルジックにお礼を言いました。
「ありがとうございます、イルジックさん。何かこまった事があれば、わたしたちを思い出してください。きっと、助けに行きますから」
しばらくしてイルジックは、高くそびえたモミの木のそばを通りかかりました。
モミの木にはカラスの巣(す)があり、二羽のカラスの子どもが悲しそうに泣いていました。
「お父さんもお母さんも、もう何日も帰ってこない。ぼくたちはまだ飛べないから、もうすぐうえじにだ」
イルジックはお弁当を取り出すと、そのお弁当を全部カラスの子どもにやりました。
カラスの子どもは、大喜びで言いました。
「ありがとう! イルジックさん。こまった事があれば、きっと助けに行きますよ」
イルジックは森を抜けると、海に行きました。
浜辺を歩いていると、二人の漁師がけんかをしています。
二人はアミにかかった金色のさかなを、うばいあっていました。
そこでイルジックは持っていたお金を全部二人に渡して、金色のさかなを買い取りました。
そして金色のさかなを、海へはなしてやりました。
金色のさかなは、うれしそうに言いました。
「ありがとう、イルジックさん。こまった事があれば、きっと助けに行きますよ」
イルジックは二人の漁師に、金の髪の毛を持つ姫を探している事を話しました。
すると漁師たちが、海の向こうを指して言いました。
「ほら、あそこに島が見えるでしょう。
あの島に水晶(すいしょう)のお城があって、そのお城の王さまの娘が金の髪の毛を持つ姫ですよ。
姫はいつも夜明けにやると、金の髪の毛をとかします。
その時は空も海もキラキラと光るから、すぐにわかるでしょう。
あなたはこんなにたくさんのお金をくださったから、お礼に島まで舟で連れて行ってあげましょう。
だが、お気をつけなさい。
王さまには十二人の娘がいますが、金の髪の毛の姫はその中のたった一人ですから」
島まで漁師たちに送ってもらったイルジックは、水晶のお城の王さまに言いました。
「わたしは主人の使いで、金の髪の毛の姫に結婚を申し込みにまいりました」
すると王さまは、イルジックに言いました。
「よろしい。あなたのご主人に、娘を差し上げよう。だがその前に、わしの言う仕事をやりとげなくてはならない」
次の朝、王さまはイルジックに最初の仕事を言いつけました。
「金髪姫が野原へ遊びに行った時、首かざりの糸が切れて宝石が草の中にちらばってしまった。一つ残らずひろい集めて、首かざりをつくってきなさい」
イルジックが行ってみると、そこはとても広い野原でした。
イルジックはあちこちさがしましたが、何も見つかりません。
「ああ、ここにあのアリがいてくれたらなあ」
イルジックが、ため息をつくと、
「イルジックさん、何のご用ですか?」
と、いつの間にか、たくさんのアリが集まっているではありませんか。
「実は、宝石をひろい集めなくてはならないのに、まだ一つも見つからないんだ」
「では、すぐに集めてあげましょう」
アリたちはサッとちらばると、たちまち宝石を一つのこらず集めてくれました。
こうしてイルジックは、首かざりをつくる事が出来ました。
「よくやった、イルジック。だが明日の仕事は、もっとむずかしいぞ」
次の朝、王さまは二番目の仕事を言いました。
「金髪姫が海で水あびをしている時に、金の指輪を落としてしまった。その指輪を探してきなさい」
イルジックは海に行きましたが、この広い海から指輪を探し出す事なんて出来ません。
「ああ、ここにあの金色のさかながいてくれたらなあ」
イルジックがため息をつくと、波間から金色のさかなが顔を出しました。
「イルジックさん。何のご用ですか?」
「実は海の中から、金の指輪を探さなくてはならないんだ」
「それなら、カマスがひれに金の指輪をはめていましたよ。すぐに取ってきましょう」
金色のさかなは、すぐに金の指輪を持ってきてくれました。
「よくやった、イルジック。だが明日の仕事は、もっとむずかしいぞ」
次の朝、王さまは最後の仕事を言いました。
「命の水と死の水を、持ってきなさい。そしたらお前の主人に、金髪姫をやろう」
そんな物、いったいどこへ行けば手に入るのでしょう。
仕方なくイルジックはてきとうに歩き続けて、深い森の中に入り込みました。
「ああ、ここにあのカラスの子どもたちがいてくれたらなあ」
イルジックがため息をつくと、どこからともなく大きくなった二羽のカラスの子どもたちが飛んできました。
「イルジックさん。何のご用ですか?」
「実は、命の水と死の水を探しているんだ。でも、いったいどこへ行けばいいんだろう?」
「それなら、すぐに持ってきてあげますよ」
たちまち二羽のカラスは、二つの筒を持ってきました。
一つの筒には命の水が、もう一つの筒には死の水が入っていました。
イルジックは大喜びで、王さまのお城へ急ぎました。
そのとちゅう、森の道にクモの巣がかかっていました。
巣のまん中には大きなクモがいて、つかまえたハエの血を吸っていました。
イルジックは死の水を、クモにふりかけました。
するとクモは地面に落ちて、そのまま死んでしまいました。
次にイルジックは命の水を、血を吸われて死んだハエにふりかけました。
するとハエは生き返って、クモの巣を破って飛び出しました。
「ありがとう、イルジックさん。お礼にあなたを、幸せにしてあげますよ」
ハエはそう言うと、ブンブンと飛んでいきました。
さて、イルジックが最後の仕事をやりとげたのを見ると、王さまは金髪姫をイルジックの王さまのおきさきにする事を許しました。
王さまはイルジックを、大広間に連れて行きました。
そこには大きな丸いテーブルがあって、十二人の美しい姫がすわっていました。
みんな頭から雪のように白いきれをかぶって、髪の毛をかくしています。
どの姫も顔がそっくりで、髪の毛を見なくては誰が金髪姫かわかりません。
「この中から金髪姫を見わけたら、連れていくがよい」
イルジックは姫たちの顔をじっと見ましたが、いくら見つめてもわかりません。
するとイルジックの耳元で、あの時のハエが小さな声で言いました。
「イルジック、テーブルのまわりをまわりなさい。わたしが教えてあげますから」
そこでイルジックは、テーブルのまわりをゆっくりとまわりはじめました。
するとハエが、小さな声で教えてくれます。
「ちがう。???ちがう。???ちがう。???この姫です、金髪姫は」
そこでイルジックは、大声で王さまに言いました。
「このお方です。わたしが王さまのおきさきにいただきたいのは!」
王さまは、おどろきの声を上げました。
「うむ、みごと! その通りじゃ」
金髪姫は立ち上がって、白いきれを取りました。
すると、すそまでとどく金の髪の毛が現れて、大広間はまるで太陽がのぼったように明るくなりました。
金髪姫は王さまや姫たちに別れを告げると、イルジックと一緒に年を取った王さまのところへ行きました。
王さまは金髪姫をひと目見て、飛び上がって喜びました。
「よくやった、イルジック。この姫こそ、わしのきさきにふさわしい。ほうびに、酒をこぼした事は許してやろう。だが???」
王さまは剣を抜くと、イルジックに向けて振り上げました。
「イルジック。お前はわしのさかなを、食べるなと言ったわしのさかなをこっそり食べたな。その罰で、お前の首を切ってやる」
と、イルジックの首を切り落としたのです。
こうしてイルジックは、死んでしまいました。
金髪姫は王さまにたのんで、イルジックの首と体をもらいました。
金髪姫はイルジックの首と体をならべて、死の水をふりかけました。
するとイルジックの首と体がピッタリとくっついて、きずのあともなくなりました。
次に金髪姫は、イルジックの体に命の水をたっぷりとふりかけました。
そのとたん、イルジックは生き返って元気よく起き上がりました。
しかも生き返ったイルジックは金髪姫がたっぷりと命の水をふりかけたので、前よりも若く美しい青年になっていたのです。
年を取った王さまは、それを見て金髪姫に言いました。
「わしの首も、切ってくれ。そしてわしにも、その不思議な水をふりかけてくれ」
金髪姫は言いつけ通り、王さまの首を切りました。
そして王さまの首と体に死の水をふりかけると、王さまの首と体がくっつきました。
次はいよいよ命の水ですが、でも命の水はイルジックを生き返らせるときにたっぷりと使ってしまい、もう一滴も残ってはいませんでした。
ですから王さまは、生き返る事が出来ませんでした。
けれども国に、王さまがいなくてはこまります。
そこで動物の言葉が聞きわけられるイルジックが、新しい王さまに選ばれました。
王さまになったイルジックは金髪姫と結婚して、幸せに暮らしたということです。
このお話しは、チェコでも大変有名なお話しです。