騎士はとても親切でやさしいので、村人たちからとても愛されていました。
ある朝の事。
騎士がウマに乗って森へ入ると、緑色のドレスを着た女の人が湖のほとりの石に座っていました。
女の人は金色の髪をそよ風になびかせて、ほほえみながら小鳥たちのさえずりに耳をかたむけています。
騎士はウマからおりて、女の人に声をかけました。
「こんなさびしいところで、何をしているのですか?」
女の人は騎士を見上げると、愛らしい笑顔を見せました。
「はい。実はあなたを、お待ちしておりました。わたしは今までずっとあなたのそばにいて、いくさの時も剣のけいこをしている時も、あなたをお守りしてきました」
騎士はその言葉に、喜びで胸がいっぱいになりました。
「確かに、ぼくはこれまで、何度となく危ない目にあってきました。でもそんな時、いつも不思議な力で守られていると感じていました。これから先も、ぼくを守ってくれますか? あなたのように美しい人が守ってくれるのなら、もうぼくには怖い物などありません」
女の人は、やさしくうなずいて言いました。
「もちろん、お守りいたします。けれど一つだけ、お願いが。それは私と、結婚してほしいのです。???もしほかの女の人と結婚したら、あなたは死んでしまいますが」
「ほかの女の人と結婚するなんて、考えられません」
騎士がそう言うと女の人はうれしそうに笑って、湖の色のように深い緑色の指輪(ゆびわ)を騎士の指にはめました。
「私に会いたくなったら、この指輪によびかけてください。でもそれは、あなた一人きりの時にしてくださいね」
「わかりました」
騎士は約束すると、女の人と別れて自分の城にもどりました。
そして部屋に入ると誰も入って来ないようにカギをかけて、そっと指輪に言いました。
「ぼくの愛する人よ。姿を見せておくれ」
するとたちまち、美しい女の人が姿を現しました。
騎士と女の人は、二人だけの結婚式をあげました。
女の人はいつでも騎士を守ってくれていて、剣のけいこの時も、戦いに出かける時も、かすり傷一つせずにすみました。
それに一人っきりの時に指輪にむかって呼びかけると、騎士の妻は上等のワインや焼きたてのパンを持って姿を現しました。
また、森に迷い込んだ時には、指輪に耳をあてると、
「そのまま、まっすぐ。そこを右にまがって」
と、道を教えてくれます。
騎士は心から妻に感謝(かんしゃ)し、二人は誰にも知られないまま仲良く楽しい月日を過ごしました。
ある日の事、王さまのたいかん式がありました。
騎士はそのお祝いの席で、馬上試合を見せるために呼ばれました。
騎士がウマに乗って戦う姿はりりしく、王さまは一目で騎士を気に入りました。
「そなたに奥方(おくがた→おくさん)がないのなら、ぜひ、わたしの姪(めい)と結婚してやってほしい」
「??????」
騎士は、困ってしまいました。
騎士には妖精(ようせい)の妻がいて、その妻との約束で、ほかの女の人と結婚したら死んでしまうからです。
でも王さまに仕える騎士として、王さまの頼みを断る事も出来ません。
騎士は知り合いの大臣に、相談しました。
すると大臣は、騎士に妖精と別れる様に言いました。
そこで騎士は、王さまの姪と結婚する決心(けっしん)をしました。
するとその時、騎士の指にはめている緑色の指輪が割れて床に落ちました。
けれど騎士は、その事には気がつきませんでした。
やがて、騎士と王さまの姪との婚礼(こんれい)の日がやって来ました。
大広間には大勢の人が集まり、二人の結婚をお祝いしました。
するとどこから吹いて来たのか、大広間のまん中に風が渦巻いて、その中からうす緑色のドレスを着た騎士の妻が姿を見せました。
頭には木の葉であんだかんむりをかぶり、裸足(はだし)の白い足にはツタかざりをつけています。
妻は静かに、騎士の前を通り過ぎました。
その顔は悲しみにあふれ、輝いていた緑色の瞳も暗く沈んでいました。
それを見た騎士は、思わず立ちあがってさけびました。
「みなさん! 実はぼくには、妻がいたのです。心も姿も美しい妻です。でもぼくは、その愛する妻との約束を破りました。ぼくはその罰(ばつ)で、今から死ななくてはなりません」
妻はその言葉を聞くとニッコリほほえんで、スーッと姿を消しました。
そのとたん、騎士はバタリと倒れて、そのまま死んでしまったのです。