「いろは歌」はかつて五十音図よりもさかんに用いられていた。平安時代末期に流行した、七五を四回繰り返す「今様(いまよう)」という歌謡形式に従って作られている。日本語の47音節全てを、一回かつただ一回使って、意味のある詩を作ったものである。ただし、濁音は清音と同一視する。
いろはにほへと ちりぬるを 色は匂へど 散りぬるを
わかよたれそ つねならむ 我が世誰ぞ 常ならむ
うゐのおくやま けふこえて 有為の奥山 今日越えて
あさきゆめみし ゑひもせす 浅き夢見じ 酔ひもせず
「いろは歌」を記した現存最古の文書は、1079年に書写された『金光明最勝王経音義』である。この文書には五十音図も記されているが、五十音図はそれより百年近くも古い『孔雀経音義』にすでに載せられている。もっとも、『孔雀経音義』の五十音図は行の順序が今と異なる上にア行とナ行を欠き、母音の順序も「キコカケク」というように今とは異なっており、現行の五十音図についても『金光明最勝王経音義』は、最古の出典となっている。
花虽芬芳终需落
人生无常岂奈何
俗世凡尘今朝脱
不恋醉梦免蹉跎