さて振り返ってみると5月の連休が明けた時、「あ~、もうちょっと休んでいたかった。休み足りない!」と名残惜しく思われた人も多かったのではないでしょうか? 9連休にしてガッツリ休日を謳歌したという人も中にはいるようですが、私が産業医を担当している中小企業の多くでは暦通りに休んだだけという人が少なくありませんでした。
そのため、連休明けの5月には、「まあ、多少ゆっくりはできたけど…、飛び石だったから休んだ気がしない」とか「飛び石の連休すべてを家族サービスに費やしたので、余計に疲れた」などとつぶやく声もあちらこちらからチラホラと聞こえていました。つまり何を言いたいかというとゴールデンウイークでしっかりと心身の疲れをリフレッシュできた人は案外少ないのではないか、ということです。
■「隠れ疲労」の症状、出ていませんか?
第20回の記事(「春のメンタル不調 意識的な「緩み時間」でケアを」)で、日本の春(3~4月)は環境的変化に加え社会的変化が目白押しで、日本人のストレス度が非常に高く、心身が疲労しやすいことをお伝えしました。またその春のストレスが高じると、5月の連休明けからいわゆる「五月病」と呼ばれる不調につながりやすいことも併せて解説しました。しかし多くの日本のビジネスパーソンにとっては、「五月病とまではいかないけれど、ゴールデンウイークが明けても疲れをスッキリ解消できないままに働いている」人が非常に多いように思うのです。あなたはいかがでしょうか?
例えば、次のような「隠れ疲労」の症状が出ていませんか?
・仕事や人間関係のことで、普段より細かいことが気になりやすい。・そのためつい夜遅くまで考えこんだり、早めに目が覚めたりと、熟睡できる夜が減っている。・何となく体が重だるいと感じる日が増えている気がする。・家事や仕事上のルーティンワークに対して、普段より「面倒くさい」と感じイラッとしやすい。・病院に行くほどではない程度の胃もたれ、便秘、下痢といった消化器症状の乱れや、肩こり、頭痛、耳鳴りなどの体調不良が、以前より頻繁に起こりがち。・休日に遊びや研修などの予定を入れてみるものの、いざ出かけるとなるとテンションが下がり、出かけるのをためらう。頑張って外出しても、すぐに疲れてしまってあまり楽しめなかったりする。
もしこんな症状が出ているなら、要注意。これらは疲労の蓄積によって起こる軽い自律神経系の乱れや気力低下の症状です。本格的な病的不調には至っていませんが、心身に疲労がたまっているため、自律神経系のバランスが崩れ、それとともに微妙な気力・体力が低下しているサインです。
■「隠れ疲労」+「環境ストレス」が夏うつの原因に!?
こうした軽い疲労は、精神力で克服できてしまうので、見逃されやすい傾向があります。「なんだか気がたるんでるなあ、もっと頑張らなくっちゃ」「数字目標を達成するために、もっとギアを上げなくちゃ」とサインを無視して己に発破をかけすぎていると、本格的な心身の不調に結びつく可能性が出てきます。
産業医面談をしていると、こうした春からの「隠れ疲労」が、6月以降に徐々に顕在化して夏ごろに本格的な不調を訴え出す社員が昨今増えているように感じます。なぜかというと、6月からは「環境のストレス度」がグッと上がっていくからです。
まず梅雨は、文字通り雨の日が増えるため高温多湿になり不快指数が急上昇します。また気圧の変化が激しくなります。そのためこの時期には、持病の頭痛やめまいが悪化する人が非常に多くなります。冷たい飲み物やアルコールの消費量が増えることも手伝って、胃腸の不調も長引きやすくなります。
5月のような爽やかな晴天が乏しくなり日照時間が不安定になるために、梅雨は潜在的なうつっぽさが表面化しやすいのも特徴です。ムシムシするので気分の不快度も上がりやすく、イライラや落ち込み、不眠症状などが悪化しやすいのです。こうして梅雨に隠れ疲労度が一段階悪化すると、不眠や胃腸障害、めまい、抑うつなどの病的な症状が明らかになり、医療機関の受診が必要となる人がチラホラ出てくるのです。
不快な梅雨をなんとかだましだまし乗り切ったとしても、今度はギンギンギラギラと太陽が輝き出し、気温がどんどん上昇し本格的な夏になっていきます。それに伴ってオフィスでは冷房がガンガンきくようになるため、外気と室内の温度差が大きくなって、さらに自律神経系に負担がかかっていきます(自律神経系は5度以上の気温差があると、疲労しやすくなるといわれています)。7月以降の真夏にはこうした環境のストレス度が一段と高まっていくので、体力消耗がより激しくなるのです。
春から梅雨にかけてジワジワと疲労を蓄積させてきた人の中には、ここで黄信号が一気に赤信号に変わってしまうことも。
「胃腸の調子が暑さのせいでさらに悪化して、食事ができなくなった」
「夜寝苦しくて、全く睡眠がとれなくなった」
「体がだるくて、朝起きられない。無理に起きるとめまいや動悸(どうき)がする」
「気力が全くわかなくて、頭がボーっとして集中できない」
こうなったら、もはや通常の勤務は難しくなり欠勤や遅刻が増えていき、早晩、病院に駆け込むことになってしまうのです。まさに上記の状態は、心の夏バテともいえる状態であり、私は個人的に「夏うつ」と命名しています。
もしあなたが先ほどの「隠れ疲労」症状にいくつか当てはまっているようであれば、6月からは入念にセルフケアを意識されることをお勧めします。
■「隠れ疲労」克服のため平日に意識したいこと
(1)「6時間以上の睡眠」の確保
まず平日は、できるだけ睡眠時間を確保することが必要です。この連載でも何度かお伝えしていますが、平日でも極力「6時間以上の睡眠」をとってください。自律神経系の乱れを治すには、睡眠が欠かせません。
平日は仕事のことが気になって神経がピリピリするため熟睡しにくいという人、例えば「寝つきに1時間以上かかる」「途中で起きてしまう」といった不眠症状が、週に何回も起こる人は、心療内科、精神科、もしくは内科などに相談し、睡眠導入剤を処方してもらうのもお勧めです。「毎日睡眠薬を飲むのは依存性が気になって抵抗がある」という人もいるかもしれませんが、週1~2日服用して深い睡眠をとるだけでも体の疲れはかなり違ってきます。
(2)食事はできるだけ時間をかける
また昼食や夕食を、できるだけ時間をかけてゆっくり食べて、自律神経のバランスを整えましょう。仕事中は多忙で気が抜けないという過緊張気味の人でも、ランチや夕食の時間を長めにとることで、交感神経を緩め副交感神経を優位にしてリラックスを図れます。
食事時にまで仕事の話を持ち込んでビジネスランチをするのはしばらくやめて、できれば一人で栄養バランスの整った定食をじっくり味わって食べてみませんか? 夜の飲み会もできるだけ減らして、家でゆっくりと夕食をとる時間を増やしてください。
ゆったりとした食事時間を確保できたら、「春のメンタル不調 意識的な『緩み時間』でケアを」でご紹介したマインドフルネス瞑想(めいそう)の中の「イーティング瞑想」を取り入れてみるのもお勧めです。イーティング瞑想で五感を使ってじっくりと食べ物を味わって食べることで、心が心配や不安から離れて「今ここ」に戻り、より安定しやすくなります。もちろん、食事メニューはたんぱく質、炭水化物、ビタミン・ミネラルがバランス良く含まれた疲労回復効果の高い内容にすることもお忘れなく。
(3)移動時間をリラックスタイムに
電車などの乗り物に乗る移動時間には、交感神経をさらに活性化してしまうスマートフォン(スマホ)や交流サイト(SNS)などに興じるのはやめて脳のリラックスに努めましょう。流れる景色をゆったりと眺めたり、目をつぶってゆったりとした音楽を聴いたり、静かに瞑想をするのもよいでしょう。
軽く目を閉じて、鼻先を出入りする空気の流れをじっくり感じる「呼吸瞑想」(マインドフルネス瞑想の一種)を数分行うだけでも交感神経系の緊張を緩める効果が期待できます。空気が鼻孔から入っていき、また鼻孔から出ていく。呼吸瞑想では、この感覚を目を閉じてひたすら感じていくだけでOKです。何か思考や関係ないことが浮かんだら、「思考した」「考えた」と気づいて、また呼吸の感覚に意識を戻します。座禅のように無になろうと頑張る必要は全くありませんので、電車でもオフィスでも自宅でも一人になれる空間があればどこでも可能です。目まぐるしい外界の刺激からシャットダウンされますので、心が落ち着きやすくなるため筆者もしょっちゅう実践しています。ぜひ気軽に試してみてください。
今回は、平日にできる隠れ疲労を解消するヒントを紹介しました。春からの多彩な変化によって緊張疲れをしている心と体をいかに意識してリラックスし癒やせるかが、隠れ疲労解消のコツです。次回は、休日の過ごし方を提案したいと思います。どうぞお楽しみに。