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海のかなた

时间: 2022-10-31    进入日语论坛
核心提示:海のかなた小川未明海うみに近ちかく、昔むかしの城跡しろあとがありました。波なみの音おとは、無心むしんに、終日しゅうじつ岸
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海のかなた

小川未明


海うみに近ちかく、昔むかしの城跡しろあとがありました。
波なみの音おとは、無心むしんに、終日しゅうじつ岸きしの岩角いわかどにぶつかって、砕くだけて、しぶきをあげていました。
昔むかしは、このあたりは、繁華はんかな町まちがあって、いろいろの店みせや、りっぱな建物たてものがありましたのですけれど、いまは、荒あれて、さびしい漁村ぎょそんになっていました。
春はるになると、城跡しろあとにある、桜さくらの木きに花はなが咲さきました。けれど、この咲さいた花はなをながめて、歌うたをよんだり、詩しを作つくったりするような人ひともありませんでした。ただ、小鳥ことりがきて、のどかに花はなの咲さいている枝えだから枝えだに伝つたってさえずるばかりでありました。
夏なつがきても、また同おなじでありました。静しずかな自然しぜんには、変かわりがないのです。日暮ひぐれ方がたになると、真まっ赤かに海うみのかなたが夕焼ゆうやけして、その日ひもついに暮くるるのでした。
いつ、どこからともなく、一人ひとりのおじいさんが、この城跡しろあとのある村むらにはいってきました。手てに一つのバイオリンを持もち、脊中せなかに箱はこを負おっていました。
おじいさんは、上手じょうずにバイオリンを鳴ならしました。そして、毎日まいにちこのあたりの村々むらむらを歩あるいて、脊せに負おっている箱はこの中なかの薬くすりを、村むらの人ひとたちに売うったのであります。
こうして、おじいさんは日ひの照てる日中ひなかは村むらから、村むらへ歩あるきましたけれど、晩方ばんがたにはいつも、この城跡しろあとにやってきて、そこにあった、昔むかしの門もんの大おおきな礎石だいいしに、腰こしをかけました。そして、暮くれてゆく海うみの景色けしきをながめるのでありました。
「ああ、なんといういい景色けしきだ。」と、おじいさんは海うみの方ほうを見みながら、ため息いきをもらしました。おじいさんは、この海うみの暮くれ方がたの景色けしきを見みることが好すきでした。
つばめはしきりに、空そらを飛とんで鳴ないています。船ふねの影かげは、黒くろく、ちょうど木この葉はを浮うかべたように、濃こく青あおい波間なみまに見みえたり、隠かくれたりします。そして、真まっ赤かに、入いり日ひの名残なごりの地平線ちへいせんを染そめていますのが、しだいしだいに、波なみに洗あらわれるように、うすれていったのでありました。
おじいさんは、ほとんど、毎日まいにちのようにここにきて、同おなじ石いしの上うえに腰こしを下おろしました。そして、沖おきの暮くれ方がたの景色けしきに見みとれていましたが、そのうちに、バイオリンを鳴ならすのでした。
おじいさんの弾ひくバイオリンの音ねは、泣なくように悲かなしい音おとをたてるかと思おもうと、また笑わらうようにいきいきとした気持きもちにさせるのでした。その音色ねいろは、さびしい城跡しろあとに立たっている木々きぎの長ながい眠ねむりをばさましました。また、古ふるい木きに巣すを造つくっている小鳥ことりをばびっくりさせました。そして、しまいには、うす青あおい、黄昏たそがれの空そらにはかなく消きえて、また低ひくく岸きしを打うつ波なみの音おとにさらわれて、暗くらい奈落ならくへと沈しずんでゆくのでした。おじいさんは、自分じぶんの鳴ならす、バイオリンの音ねに、自分じぶんからうっとりとして、時ときのたつのを忘わすれることもありました。
夏なつの日ひの晩方ばんがたには、村むらの子供こどもらがおおぜい、この城跡しろあとに集あつまってきて石いしを投なげたり鬼おにごっこをしたり、また繩なわをまわしたりして遊あそんでいました。子供こどもらは、はじめのうちは、おじいさんの弾ひくバイオリンの音ねを珍めずらしいものに思おもって、みんなそのまわりに集あつまって聞きいていました。
「いい音ねがするね。」
「学校がっこうのオルガンよりか、この音ねのほうがいいね。」
子供こどもらは、たがいに、こんなことをいいあっていました。
おじいさんは、あるときは、子供こどもらを相手あいてにいろいろな話はなしもしました。しかしみんなは、おじいさんの弾ひくバイオリンの音ねに慣なれ、またおじいさんの話はなしにも聞きき飽あきると、いままでのように、おじいさんのまわりには寄よってきませんでした。
「薬売くすりうりのおじいさんが、また、あすこで鳴ならしているよ。」と、一人ひとりの子供こどもがいうと、
「稽古けいこをしているのだよ。」と、他たの一人ひとりの子供こどもがいいました。
「稽古けいこでない、海うみの景色けしきがいいから、見みてうたっているのだよ。」
「そうでない、ねえ、稽古けいこだねえ。」
子供こどもらはいろんなことをいって、議論ぎろんをしましたが、また、そんなことは忘わすれてしまって、みんなは遊あそびに夢中むちゅうになりました。
ひとり、松蔵まつぞうという少年しょうねんが、この中なかにおりました。この少年しょうねんの家いえは、貧乏びんぼうでありました。彼かれは、他たの子供こどもらが騒さわいだり、駆かけたりして遊あそんでいましたのに、ひとり、おじいさんのそばへきて、熱心ねっしんにバイオリンの音ねを聞きいて、感心かんしんしていました。
いつしか、おじいさんと、この少年しょうねんとは仲なかよくなりました。
「どうして、こんないい音ねが出でるのでしょうね。」と、松蔵まつぞうは、不思議ふしぎそうにおじいさんに向むかってたずねました。
「坊ぼうは、音楽おんがくが好すきとみえるな。」と、人ひとのよいおじいさんは、少年しょうねんの顔かおを見みながら、笑わらっていいました。
「聞きいていると、ひとりでに涙なみだが出でてくるの……。」
「ははは、坊ぼうも、私わたしのお弟子でしになってバイオリンが弾ひきたいかな。」と、おじいさんはいいました。
「おじいさん、どうか僕ぼくに、バイオリンを教おしえてください。」と、少年しょうねんは、熱心ねっしんに、目めを輝かがやかして頼たのみました。
それからは、おじいさんは、自分じぶんのバイオリンを少年しょうねんに貸かして、弾ひく方法ほうほうを教おしえてやりました。
松蔵まつぞうは、おじいさんから、バイオリンを教おそわることをどんなにうれしく思おもったでしょう。そして、毎日まいにち、日暮ひぐれ方がたになると、城跡しろあとにいって、いつもおじいさんの腰こしかける石いしのそばに立たって、おじいさんのくるのを待まっていました。
「なかなかよく弾ひけるようになった。」といって、おじいさんは、松蔵まつぞうの頭あたまをなでてくれることもありました。
夏なつも、もはや逝ゆくころでありました。おじいさんは、ある日ひのこと、松蔵まつぞうに向むかって、
「坊ぼうや、おじいさんは、もう帰かえらなければならない。こんど、いつまた坊ぼうにあわれるかわからない。坊ぼうは、きっと上手じょうずなバイオリンの弾ひき手てになるだろう。私わたしのかたみに、このバイオリンを坊ぼうに置おいてゆく。坊ぼうは、このバイオリンで私わたしがいなくなってもよく、稽古けいこをしたがいい。」といって、バイオリンを松蔵まつぞうにくれました。
少年しょうねんは、どんなに喜よろこんだでありましょう。また、おじいさんに別わかれなければならぬのを、どんなに悲かなしく思おもったでありましょう。
おじいさんは、船ふねに乗のって、遠とおく、遠とおくいってしまいました。少年しょうねんは、おじいさんの故郷こきょうを知しらなかったのです。ただ、このとき、海うみの上うえを望のぞんで悲かなしんでいました。おじいさんを乗のせた船ふねは、夕焼ゆうやけのする、紅あかい海うみのかなたに消きえてゆきました。少年しょうねんは、果はてしない、その方ほうを見みやって、ただ悲かなしみのために泣ないていました。
毎日まいにち、入いり日ひは、紅あかく海うみの上うえを彩いろどりました。そして、城跡しろあとから、海うみをながめるその景色けしきに変かわりはなかったけれど、おじいさんの姿すがたは、もはや、どこにも見みることができませんでした。
少年しょうねんは、おじいさんが、腰こしかけた石いしのところにやってきました。ありありとおじいさんが、いつものように、小ちいさな箱はこを脊中せなかに負おって、バイオリンを持もって、石いしに腰こしをかけている姿すがたが見みえたのです。
「おじいさん!」
少年しょうねんは、こう呼よびました。しかし、応こたえはありませんでした。
彼かれは、自分じぶんの手てに、いまおじいさんの持もっていたバイオリンのあるのに、はじめて気きづきました。そして、おじいさんは、海うみのかなたへいってしまったのだと知しって、かぎりなく悲かなしかったのです。
彼かれは、その石いしに腰こしをかけました。また小ちいさな姿すがたで、その石いしの上うえに立たちました。そうして沖おきの方ほうを向むいて、おじいさんから教おしえてもらったバイオリンを弾ひくのでした。
少年しょうねんは、おじいさんのことを思おもうと、胸むねがいっぱいになりました。いつしか自分じぶんの弾ひいているバイオリンの音ねは、悲かなしい響ひびきをたてていたのでした。
海鳥うみどりは、しきりに鳴ないています。頭あたまの上うえの松まつの木きを渡わたる風かぜの音おとまで、バイオリンの音ねに心こころをとめて、しのび足あしして過すぐるように思おもわれました。
いつしか、村むらの子供こどもらまで、松蔵まつぞうの弾ひくバイオリンの音ねを、感心かんしんして聞きくようになりました。
松蔵まつぞうは、おじいさんがいなくなっても毎日まいにちのように、城跡しろあとの石いしのところにきて、おじいさんがしたように、沖おきの方ほうをながめながら、熱心ねっしんにバイオリンの稽古けいこをしたのであります。
けれど、ここに思おもいがけない不幸ふこうなことがもちあがりました。
松蔵まつぞうの家いえが、貧乏びんぼうのために、いっさいの道具どうぐを競売きょうばいに付ふせられたことであります。もとよりなにひとつめぼしいものがなかったうちに、バイオリンが目立めだちましたのですから、この松蔵まつぞうにとってはなによりも大事だいじな楽器がっきを奪うばい去さられてしまいました。そして、バイオリンは他たのがらくたといっしょに車くるまにつけて、どこへか運はこび去さられました。
車くるまが、でこぼこの道みちをゆきますと轍わだちがおどって、そのたびにバイオリンは車くるまの上うえから悲かなしいうなり音おとをたてたのであります。
松蔵まつぞうは、目めに、いっぱいの涙なみだをためて車くるまの行方ゆくえを見送みおくっていました。しかしそれをどうすることもできなかったのです。
こののちは、自分じぶんが、できるだけ働はたらいて、自分じぶんの力ちからでそれを取とり返かえすよりは、ほかに途みちがないことを感かんじました。
松蔵まつぞうは、あの忘わすれがたいおじいさんのかたみである、そして、自分じぶんの大事だいじなバイオリンを取とり返かえすためには、どんな苦労くろうをもいとわないと決心けっしんしました。それから、松蔵まつぞうは、小ちいさな体からだで堪たえるだけの仕事しごとはなんでもしました。工場こうばにいっても働はたらけば、家いえにいても働はたらき、また、他人たにんの家いえへ雇やとわれていっても働はたらきました。寒さむい冬ふゆの夜よも、また、暑あつい夏なつの日盛ひざかりもいとわずに働はたらきました。そして、自分じぶんの家いえのために尽つくしました。また、もう一度ど、失うしなったバイオリンを自分じぶんの手てに買かいもどして、それを弾ひきたいという望のぞみばかりでありました。
けれど、あのバイオリンが、はたして、自分じぶんの手てにもどってくるか、どうかということは、まったくわかりませんでした。もしかだれか、知しらぬ人ひとの手てに渡わたってしまって、ふたたび自分じぶんの手てに返かえるようなことはないと考かんがえましたときは、彼かれは、どんなに悲かなしみ、もだえたでありましょう。
けれど、あのバイオリンは、きっと、いつか自分じぶんの手てにもどってくるにちがいないと信しんじますと、また、彼かれの瞳ひとみは、希望きぼうの光ひかりに輝かがやいたのであります。
三年ねんの後のち、彼かれはとうとうバイオリンを、買かいもどすだけの金かねを持もつことができました。
「これから、自分じぶんは、バイオリンを探さがして旅立たびだちしよう。」
松蔵まつぞうは、城跡しろあとの石いしのところにきました。そして、海うみの方ほうをながめて、祈いのりました。
「どうか、あのなつかしいバイオリンが、私わたしの手てにもどってきますように。」と、祈いのりました。
空そらを鳴なきながら飛とんでいるつばめは、彼かれのいうことを聞ききました。そして、この憐あわれな少年しょうねんに同情どうじょうするごとく、くびを傾かたむけてながめていました。
少年しょうねんは、両親りょうしんや、姉妹しまいに別わかれを告つげました。
「私わたしは、旅たびをして、りっぱな音楽家おんがくかになって帰かえります。」
そういって、彼かれは、故郷こきょうを立たち出でたのです。
それから、彼かれは、あちらの町まち、こちらの町まちとさまよって、バイオリンを探さがして歩あるきました。
また、バイオリンを弾ひく家いえの前まえに立たっては、じっとその音ねに耳みみを傾かたむけました。弾ひいている人ひとにどれほどの技倆ぎりょうがあろう。弾ひいているバイオリンは、なつかしい自分じぶんのものであったバイオリンではなかろうか? と、かたときも自分じぶんの志こころざしと、バイオリンのことを忘わすれませんでした。
少年しょうねんは、おじいさんのしたように、薬売くすりうりになったり、筆ふでや、墨すみを売うる行商人ぎょうしょうにんになったりして、旅たびをつづけました。
ただ一つ、そのおじいさんの持もっていたバイオリンにめぐりあうのに、頼たのみとするのは、小ちいさな星ほしのような真珠しんじゅが、握にぎり手てのところにはいっていたことです。少年しょうねんは、ふるさとに近ちかい町まちの道具屋どうぐやは一軒けんのこらずにきいて歩あるきました。
「真珠しんじゅの小ちいさな珠たまが、握にぎり手てにはいっているバイオリンは出でませんでしたか?」
どこかこの近ちかくの古道具屋ふるどうぐやに、そのバイオリンは売うられたと思おもったからです。そして、まだ、その店みせのすみに残のこっていやしないかというかすかな望のぞみがあったからでありました。
すると、一軒いっけんの道具屋どうぐやは、いいました。
「なんでも、そんなバイオリンを三年ねんばかし前まえに買かったことがあります。店みせにかけておくとある日ひ、旅たびの人ひとが前まえを通とおりかかって、そのバイオリンを見みて、ほめて買かってゆきました。どこの人ひとともわかりませんが、なまりで西にしの方ほうの国くにの生うまれだということはわかりました。もう、そのバイオリンはどこへいったかわかるものでありません。」
松蔵まつぞうは、そう聞きくと、がっかりしました。
「その人ひとは、どちらへいったでしょうか。」といって、ため息いきをつきました。
道具屋どうぐやの主人しゅじんは、笑わらいました。
「なんで、そんなことがわかるものですか。しかし、いまごろは、あの買かった人ひとも、またどこかの古道具屋ふるどうぐやへ売うってしまったかもしれません。あなたが、そんなにほしいものなら、幾年いくねんもかかって探さがしてみなさるのですね。しかし、そんなことはむだなことかもしれません。」と、主人しゅじんはいいました。
「私わたしには、あのバイオリンでなければ、けっして出でない音ねがあります。命いのちをかけても探さがさなければなりません。もしあのバイオリンが見みつからなかったら私わたしは、もう生いきているかいもないのです。」と、少年しょうねんはいいました。
これを聞きくと、主人しゅじんは、目めを円まるくしてびっくりしました。
「あなたが、そんなに熱心ねっしんなら、きっと見みつかるときがあるでしょう。」といいました。
少年しょうねんは、その言葉ことばに勇気ゆうきづけられました。そして、あてなき旅たびをつづけたのであります。
その後ご、幾いく十たび、幾いく百たび、いろいろな古ふるい道具どうぐを売うる店みせにはいって、バイオリンを聞きいたでしょう。また、あるときは、風かぜの絶たえ間まにどこからか聞きこえてくるバイオリンの音色ねいろに耳みみを傾かたむけて、もしや、だれか自分じぶんの持もっていたバイオリンを弾ひいているのではないかと思おもったりしました。
そのバイオリンの音ねは、じつにいい音色ねいろでした。そして、それを弾ひいている人ひとは、けっして下手へたではありませんでした。けれど、彼かれは、自分じぶんのおじいさんからもらった、バイオリンには、けっして、他たのバイオリンにはない、音色ねいろの出でることを感かんじていました。
「あのバイオリンじゃない。」
彼かれは、がっかりしました。
明あくる日ひも、また明あくる日ひも、少年しょうねんは、旅たびをつづけたのであります。
春はるの日ひの雨催あめもよおしのする暖あたたかな晩方ばんがたでありました。少年しょうねんは、疲つかれた足あしを引ひきずりながら、ある古ふるびた町まちの中なかにはいってきました。
その町まちには、昔むかしからの染物屋そめものやがあり、また呉服屋ごふくやや、金物屋かなものやなどがありました。日ひは、西にしに入いりかかっていました。少年しょうねんは、あちらの空そらのうす黄色きいろく、ほんのりと色いろづいたのが悲かなしかったのです。
雨あめになるせいか、つばめが、町まちの屋根やねを低ひくく飛とんでいました。このとき、少年しょうねんは、疲つかれた足あしを引ひきずりながら、まだ家いえの内うちには、燈火ともしびもついていない、むさくるしい傍かたえの軒のきの低ひくい家いえの前まえにさしかかりますと、つばめが三羽ば、家いえの内うちから、外そとの往来おうらいに飛とび出だしました。それと同時どうじに、ブーンといって、バイオリンの糸いとの鳴なり音おとがきこえたのであります。
少年しょうねんは、はっと心こころに思おもいました。なぜならその音色ねいろは、きき覚おぼえのあるなつかしい音色ねいろでありましたからです。
もうすこしのことに、気きづかずに通とおり過すぎようとしましたのを、彼かれは立たち寄よって、その古道具屋ふるどうぐやをのぞいてみました。それは、つばめが、止とまっていて、飛とび立たつときに、その糸いとを鳴ならしたとみえます。そこには、バイオリンが一ちょうすすけた天てんじょうからつるされていました。彼かれは、よく見みると、それに小ちいさな光ひかる星ほしのような、真珠しんじゅがはいっていたのでした。
「あ!」と、声こえをたてて、少年しょうねんは、喜よろこびに、狂くるわんばかりでありました。そしてさっそく、このバイオリンを買かって、自分じぶんの腕うでに奪うばうように抱いだきました。まさしく、三年ねん前ぜんに失なくしたおじいさんのくれたバイオリンでありました。
黄昏方たそがれがたの空そらに、つばめはないています。そのつばめの鳴なく声こえは故郷こきょうの海岸かいがんの岩鼻いわはなでなくつばめの声こえを思おもわせました。
「ああ、つばめが、私わたしに、教おしえてくれたのだ。」と、うす明あかりの下したで、バイオリンを抱いだいて少年しょうねんは、つばめの飛とんでゆく北きたの空そらをながめていました。
松蔵まつぞうは、唄うたうたいとなりました。かつて、おじいさんがそうであったように、脊中せなかに、小ちいさな薬箱くすりばこを負おって、バイオリンを弾ひきながら、知しらぬ他国たこくを旅たびして歩あるいたのです。
入いり日ひは、赤あかく、海うみのかなたに沈しずみました。彼かれは、その入いり日ひを見みるにつけて、おじいさんのことを思おもわずにいられませんでした。旅たびするうちに、幾いくたびか月日つきひはたちました。松蔵まつぞうは、青年せいねんとなったのです。けれど、彼かれは、どうかして一度ど、海うみを渡わたって、あちらにある国くににいってみたいという希望きぼうを捨すてませんでした。
ある年としの初夏しょかのころ、彼かれは、ついに海うみを渡わたって、あちらにあった大島おおしまに上陸じょうりくしました。
そこには、いまいろいろの花はなが、盛さかりと咲さいていました。
彼かれはその島しまの町まちや、村むらでやはり薬くすりの箱はこを負おって、バイオリンを鳴ならして、毎日まいにちのように歩あるいたのです。こんど、彼かれは、おじいさんを探たずねなければなりませんでした。
彼かれが、バイオリンを鳴ならしながら道みちを歩あるくと、村むらの子供こどもたちが、男おとことなく、女おんなとなく、みんな彼かれの身みのまわりに集あつまってきました。
「ああ、この人ひとだ。この人ひとだ。」
「私わたしに、どうかバイオリンを教おしえてください。」
「わたしにも……。」
子供こどもらが、こういって、口々くちぐちに頼たのみましたばかりでなく、親おやたちまで家いえの外そとに出でて、松蔵まつぞうをながめていました。
「どうしたことか?」と、彼かれは、不思議ふしぎに思おもいました。すると、一人ひとりの子供こどもが、
「私わたしたちのおじいさんが、死しになさる前まえに、もし真珠しんじゅの星ほしのはいったバイオリンを弾ひいてきた人ひとがあったら、第だい二の私わたしだと思おもって、その人ひとから、バイオリンを教おしえてもらえといわれたのです。」といいました。
彼かれは、このことを聞きくとがっかりしました。なつかしいおじいさんに、もう永久えいきゅうにあうことができなかったからです。それから彼かれは、花はなの咲さき、ちょうの飛とぶ中なかで、みんなに音楽おんがくを教おしえてやりました。
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