こまどりと酒（1）

こまどりと酒

小川未明

夜よるおそくまで、おじいさんは仕事しごとをしていました。寒さむい、冬ふゆのことで、外そとには、雪ゆきがちらちらと降ふっていました。風かぜにあおられて、そのたびに、さらさらと音おとをたてて、窓まどの障子しょうじに当あたるのがきこえました。
家いえの内うちに、ランプの火ひは、うす暗ぐらくともっていました。そして、おじいさんが、槌つちでわらを叩たたく音おとが、さびしいあたりに、おりおりひびいたのであります。
このおじいさんは、たいそう酒さけが好すきでしたが、貧まずしくて、毎晩まいばんのように、それを飲のむことができませんでした。それで、夜業よなべに、こうしてわらじを造つくって、これを町まちに売うりにゆき、帰かえりに酒さけを買かってくるのをたのしみにしていたのであります。
野原のはらも、村むらも、山やまも、もう雪ゆきで真まっ白しろでありました。おじいさんは、毎晩まいばん根気こんきよく仕事しごとをつづけていたのであります。
こう、雪ゆきが降ふっては、隣となりの人ひとも話はなしにやってくるには難儀なんぎでした。おじいさんは、しんとした外そとのけはいに耳みみを傾かたむけながら、「また、だいぶ雪ゆきが積つもったとみえる。」と、独ひとりごとをしました。そして、また、仕事しごとをしていたのであります。
このとき、なにか、窓まどの障子しょうじにきて突つきあたったものがあります。雪ゆきのかかる音おとにしては、あまり大おおきかったので、おじいさんは、なんだろうと思おもいました。
しかし、こうした大雪おおゆきのときは、よく小鳥ことりが迷まよって、あかりを見みてやってくることがあるものだと、おじいさんは知しっていました。これはきっとすずめか、やまがらが、迷まよって飛とんできたのだろう。こう思おもって、おじいさんは、障子しょうじを開あけてみますと、暗くらい外そとからはたして、一羽わの小鳥ことりがへやのうちに飛とび込こんできました。
小鳥ことりは、ランプのまわりをまわって、おじいさんが仕事しごとをしていたわらの上うえに降おりて、すくんでしまいました。
「まあ、かわいそうに、この寒さむさでは、いくら鳥とりでも困こまるだろう。」と、おじいさんは小鳥ことりに近ちかづいて、よくその鳥とりを見みますと、それは美うつくしい、このあたりではめったに見みられないこまどりでありました。
「おお、これはいいこまどりだ。おまえは、どこから逃にげてきたのだ。」と、おじいさんは、いいました。
こまどりは、野のにいるよりは、たいてい人家じんかに飼かわれているように思おもわれたからです。おじいさんは、ちょうどかごの空あいているのがありましたので、それを出だしてきて、口くちを開ひらいて、小鳥ことりのそばにやると、かごになれているとみえてこまどりは、すぐにかごの中なかへはいりました。
おじいさんは、小鳥ことりが好すきで、以前いぜんには、いろいろな鳥とりを飼かった経験けいけんがありますので、雪ゆきの下したから青菜あおなを取とってきたり、川魚かわざかなの焼やいたのをすったりして、こまどりに餌えを造つくってやりました。
こまどりは、すぐにおじいさんに馴なれてしまいました。おじいさんは、自分じぶんのさびしさを慰なぐさめてくれる、いい小鳥ことりが家うちにはいってきたものと喜よろこんでいました。
明あくる日ひから、おじいさんは、こまどりに餌えを造つくってやったり、水みずをやったりすることが楽たのしみになりました。そして太陽たいようが、たまたま雲間くもまから出でて、暖あたたかな顔かおつきで、晴はれ晴ばれしくこの真まっ白しろい世よの中なかをながめますときは、おじいさんは、こまどりのはいっているかごをひなたに出だしてやりました。こまどりは不思議ふしぎそうに、雪ゆきのかかった外そとの景色けしきを、頭あたまを傾かたむけてながめていました。そして日ひが暮くれて、またあたりが物寂ものさびしく、暗くらくなったときは、おじいさんは、こまどりのはいっているかごを家いえの中なかに入いれて、自分じぶんの仕事場しごとばのそばの柱はしらにかけておきました。
二、三日にちすると、こまどりは、いい声こえで鳴なきはじめたのであります。それは、ほんとうに、響ひびきの高たかい、いい声こえでありました。
おそらく、だれでも、この声こえを聞きいたものは、思おもわず、足あしをとどめずにはいられなかったでしょう。おじいさんも、かつて、こんないいこまどりの声こえを聞きいたことがありませんでした。
ある日ひのこと、酒屋さかやの小僧こぞうが、おじいさんの家いえの前まえを通とおりかかりますと、こまどりの鳴なく声こえを聞きいてびっくりしました。それは、主人しゅじんが大事だいじに、大事だいじにしていた、あのこまどりの声こえそっくりであったからです。主人しゅじんのこまどりは、雪ゆきの降ふる朝あさ、子供こどもがかごの戸とを開あけて逃にがしたのでした。
「こんなに、いい声こえのこまどりは、めったにない。」
と、主人しゅじんは平常へいぜい自慢じまんをしていました。その鳥とりがいなくなってから主人しゅじんは、どんなに落胆らくたんをしたことでありましょう。
「どこへ、あの鳥とりは、いったろう。」と、主人しゅじんは朝晩あさばんいっているのでした。
小僧こぞうは、思おもいがけなくこのこまどりの鳴なき声ごえを、道みちを通とおりすがりに聞ききましたので、さっそく、おじいさんの家うちへやってきました。
「お宅たくのこまどりは、前まえからお飼かいになっているのでございますか？」と、小僧こぞうは、たずねました。仕事しごとをしていたおじいさんは、頭あたまを振ふって、
「いや、このこまどりは雪ゆきの降ふる、寒さむい晩ばんに、どこからか、窓まどのあかりを見みて飛とんできたのだ。きっとどこかに飼かってあったものが逃にげてきたと思おもわれるが、小僧こぞうさんになにか心こころあたりがありますか。」と、おじいさんはいいました。
小僧こぞうは、これを聞きいて、
「そんなら、私わたしの家うちのこまどりです……。」と、彼かれは、雪ゆきの降ふる日ひに、子供こどもが逃にがしたこと、主人しゅじんがたいそう悲かなしがって、毎日まいにちいい暮くらしていることなどを話はなしました。
おじいさんは、柱はしらにかかっているこまどりのかごをはずしてきました。
「このこまどりに見覚みおぼえがあるか。」と、小僧こぞうに、たずねました。
小僧こぞうは、自分じぶんが、朝晩あさばん、餌えをやったり、水みずを換かえてやったこともあるので、よくその鳥とりを覚おぼえていましたから、はたして、そのこまどりにちがいないか、どうかとしらべてみました。すると、その毛色けいろといい、ようすといい、まったく同おなじ鳥とりでありましたので、
「おじいさん、この鳥とりに相違そういありません。」といいました。
「そんなら、早はやく、この鳥とりを持もって帰かえって、主人しゅじんを喜よろこばしてあげたがいい。」と、おじいさんはいいました。
小僧こぞうは、正直しょうじきなやさしいおじいさんに感心かんしんしました。お礼れいをいって、こまどりをもらって、家うちから出でかけますと、外そとの柱はしらに酒徳利さけとくりがかかっていました。それは、空からの徳利とくりでありました。
「おお、おじいさんは、酒さけが好すきとみえる。どれ、主人しゅじんに話はなしをして、お礼れいに、酒さけを持もってきてあげましょう。」と思おもって、小僧こぞうは、その空からの徳利とくりをも、いっしょに家うちへ持もって帰かえりました。
主人しゅじんは、いっさいの話はなしを小僧こぞうから聞きいて、どんなに喜よろこんだかしれません。「おじいさんにこれから、毎日まいにち徳利とくりにお酒さけを入いれて持もってゆくように。」と、小僧こぞうにいいつけました。
小僧こぞうは、徳利とくりの中なかへ酒さけを入いれて、おじいさんのところへ持もってまいりました。
「おじいさん、柱はしらにかかっていた徳利とくりに、お酒さけを入いれてきました。どうか、めしあがってください。」といいました。
おじいさんは、喜よろこびましたが、そんなことをしてもらっては困こまるからといいました。
「私わたしは、町まちへわらじを持もっていって帰かえりに酒さけを買かおうと思おもって、徳利とくりを、柱はしらにかけておいたのだ。」と、おじいさんはいいました。
小僧こぞうは、主人しゅじんのいいつけだからといって、酒さけのはいっている徳利とくりをまた柱はしらにかけて、
「おじいさん、酒さけがなくなったら、やはり、この柱はしらに、空からの徳利とくりをかけておいてください。」といいました。