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さか立ち小僧さん(1)

时间: 2022-11-03    进入日语论坛
核心提示:さか立ち小僧さん小川未明こい紫むらさきの、ちょうどなす色いろをした海うみの上うえを、赤あかい帯おびをたらし、髪かみの毛け
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さか立ち小僧さん

小川未明


こい紫むらさきの、ちょうどなす色いろをした海うみの上うえを、赤あかい帯おびをたらし、髪かみの毛けをふりみだしながら、気きのくるった女おんなが駈かけていくような、夏なつの雲くもを、こちらへきてからは、見みられなくなったけれど、そのかわり、もっとやさしい女神めがみが、もも色いろの長ながいたもとをうちふり、うちふり、子こどもたちといっしょに鬼おにごっこをしているような、なごやかな夕雲ゆうぐもの姿すがたを、このごろ毎日まいにちのごとく、街まちの上うえの空そらに、ながめるのであります。
こんど、煉炭屋れんたんやへやとわれてきた少年しょうねんの秀吉ひできちは、仕事しごとがすむと、工場裏こうじょううらの空あき地ちで、近所きんじょの子こどもたちといっしょにすごす時分じぶん、こうして、ひとり空そらをながめながら、いろいろ空想くうそうにふけるのでした。
「小僧こぞうさん、さか立だちしてごらんよ。」と、子こどもの一人ひとりが、彼かれのそばへよると、ふいにいいました。なぜなら、彼かれが、ここへきてから、さか立だちのうまいということが、じき子こどもたちの間あいだで評判ひょうばんになったからです。それというのも、秀吉ひできちが、故郷こきょうにいる時分じぶんから、さか立だちだけは、だれにも負まけまいとけいこをしたからでした。で、いつでも、きげんのいいときには、こういわれれば、
「よし、きた。」と、かけ声ごえをして、うしろへ二、三歩ぽさがり、前まえへのめるかと思おもうと、たくみにさか立だちをして、さながら、足あしで立たつように平気へいきで、あちらこちらと、歩あるきまわりながら、見みているものに、話はなしかけるのでした。
「ああ、きれいだな。あの高たかいえんとつの煙けむりが、雲くもの中なかへ流ながれこんでいる。それが、おししの毛けのように金色きんいろに光ひかって見みえる。君きみたちにはそう見みえない?」と、さか立だちしながら、秀吉ひできちは、いいました。
「金色きんいろになんか、見みえないよ。」
「正しょうちゃんも健けんちゃんも、さか立だちしてごらんよ。」
こんなに長ながい間あいだ、さか立だちをしていたら、さぞ頭あたまが重おもくなって、目めがまわるだろうと、かえって、はたで見みているものが、心配しんぱいするのでした。
「もう小僧こぞうさん、いいからおやめよ。そんなに長ながくさか立だちしていて、なんともないの。」と、さっき、さか立だちをすすめた子こどもが、やっきになっていいました。
やっと、秀吉ひできちは立たちなおると、両手りょうてについた土つちをはらいおとして、
「ああ、なんともないさ。」と、笑わらいながら、答こたえました。
「おどろいたな、ぼくたちには、できっこない。それに、こんなことをすれば、血ちが下さがって体からだに大おおどくだろう。」と、正しょうちゃんがいいました。
「は、は、は、なんでも、ひとのできないことを、するのでなくちゃ、だめなのさ。」と、秀吉ひできちは、自信じしんありげに、いいました。
「それじゃ、小僧こぞうさんは、子こどものときから、ひとのできない、さか立だちをしようと勉強べんきょうしたんだね。」と、武たけちゃんが、ききました。
「おれは、貧乏びんぼうの家いえに生うまれたのだ。とうちゃんは、おれが生うまれると、じき死しんだので、お顔かおをおぼえていない。おれは、まったく、おふくろの手て一つでそだてられた。母親ははおやは、手内職てないしょくをしたり、よそへやとわれていったりして親子おやこは暮くらしていた。おれは、小学校しょうがっこうをおえると、町まちの乾物屋かんぶつやへ奉公ほうこうに出だされた。そして、たまに家うちへ帰かえると、母ははは、いつも、おれに向むかって、主人しゅじんのいうことを守まもり、精せいを出だして働はたらけといった。もし、このうえ、私わたしどもが貧乏びんぼうしなければならぬようなら、おまえを角兵衛獅子かくべえじしにでもくれなければならぬと、半分はんぶんは本気ほんきで、半分はんぶんはおどかしのつもりだろうが、いったものだ。」
秀吉ひできちは、そのときのことを思おもい出だすように、いつしかしずんで、だまってしまいました。
「小僧こぞうさん、角兵衛獅子かくべえじしって、なになの?」と、武たけちゃんがききました。
「まだ、知しらないの。角兵衛獅子かくべえじしって、私わたしのくにでは、冬ふゆになると、よく村むらから村むらへわたってきて、おししの面めんをかぶったかわいそうな子こどもが、さか立だちしたり、でんぐりがえしをしたりして見みせるのだ。その間あいだ、おそろしい顔かおつきの親分おやぶんが笛ふえを吹ふいたり太鼓たいこをたたいたりしてはやすのだ。そして、もし、しそこないをすると、子こどもをしかるのだ。それらの子こどもは、なんでも親おやのない子こどもや、貧乏びんぼうの家いえから子こどもを買かい取とって、こんなふうに芸げいをしこみ、銭ぜにをもらって歩あるくのだが、子こどものもらいが少すくないと、子こどもをいじめたり、また、めしをろくろく食たべさせないと聞きいていた。それで、もし、おれがおししに売うられたら、しかられなくてもすむように、人ひとの見みていないところで、ひまがあればさか立だちのけいこをしたのさ。それでこんなにうまくなったんだ。はじめのうちは、からだの血ちが頭あたまへ下さがって、いくどめまいがして、たおれたかしれないが、がまんをして、しまいにはなんでもなくなったのさ。いまとなれば、だれが、おししなんかになるものか。もう、自分じぶんの力ちからで、生いきられる自信じしんがついたからな。
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